2018年4月2日月曜日

泥酔者 5 - 8

 シャトルの座席に座って出発を待っていると、待機時間制限間近になって3人の乗客が駆け込んで来た。1人は女性で、ケンウッドも知っている地球人類復活委員会の執行部で働いている博士だった。急いで最後尾の座席に向かう彼女にアイダが声を掛けた。

「地球へ出張なの? ゴーン博士?」
「あら!」

 ラナ・ゴーン博士が振り返った。血液の研究者だが、現在は卵子提供者の選考委員を務めている人だ。ケンウッドが会釈すると、彼女も会釈を返した。

「西ユーラシアへ日帰りよ。」
「アメリカには立ち寄れないの?」
「残念ながら・・・」
「クロエルが寂しがるわ。」
「来月行きますよ。」

 彼女は後から駆け込んで来た男2人が近づいて来たので、「それじゃ」と言って手を振り、席へ急いだ。
 ケンウッドは何気に彼女とアイダの会話を聞いていたが、ふと気づいた。

「ゴーン博士はクロエル・ドーマーの『おっか様』だったな?」
「そうですよ。」

 アイダ・サヤカがニッコリした。不思議な縁だ。クロエル・ドーマーは実の母親の望まぬ妊娠で生を受けた子だった。母親は堕胎を希望し、ドームは彼を胎児の状態で保護した。実の母に生まれることを拒まれた子供が、多くの人々に愛され、今やドームの人気者だ。しかもコロニー人ラナ・ゴーン博士の非公式ながら養子となっている。ドーマーで「母親」がいるのは唯1人クロエルだけなのだ。
 ラナ・ゴーンは月に1回程度の割合でクロエル・ドーマーに会いに来る。親がいないドーマー達を刺激しないよう、彼女と彼の面会はいつも出産管理区か医療区の面談室で行われるので、アイダ・サヤカはゴーンと親しかった。
 ケンウッドは実の子がいるにも関わらず養子を取った女性の母性の深さに感心した。

「ゴーン博士はクロエルの側で働けたら嬉しいだろうな?」

独り言だったが、アイダにはしっかり聞こえた。

「それは勿論です。遺伝子管理局のお仕事はきついことも多いですから、母親だったら近くで応援したいでしょう。」

 ゴーン博士の後から乗り込んで来た男達は科学者には見えず、かと言って地球の企業と取引をしに出かけるビジネスマンにも見えなかった。どこか荒んだ印象を与える男達で、服装はきちんとしているし、それも値が張る物を身につけていたが、ケンウッドにはそれが品のない証拠に思えた。

 地球に何をしに行くのだろう?

 男達はゴーンと通路を挟んだ席に着いた。シートベルトを締めて静かに落ち着いて座っていたので、ケンウッドは直に彼等の存在を忘れた。