月の宇宙港から地球人類復活委員会本部までは車で10分足らずだ。しかし外の景色は没個性のビルばかりで眺めても面白くもなんともない。ケンウッドは火星のコロニーの方が好きだが、月コロニーの唯一の長所は空に大きな青い地球が浮かんで見えることだった。
しかし、地球に愛する人を残して来た人には、見るのは辛いだろう。
ケンウッドは将来自身が引退する時の気分を想像して、ちょっと気が滅入った。重力は辛いが、死ぬまであの惑星で暮らしたいと言うのが、今の彼の本心だった。
昨年、ハナオカが委員長の座を下りて、常勤顧問になった。新委員長が色々と前の職の仕事を引きずっているので、実質ハナオカがまだ委員会の指揮を執っていると言う噂だった。これが今回の騒動に吉と出るか凶と出るか、ケンウッドには予想がつかなかった。ハナオカは前任者ハレンバーグに比べればローガン・ハイネに執着していないが、それでも「白いドーマー」は汚されるべきでないと考える世代の1人だ。ハイネが現役の執政官に恋をしていると知れば、何と言うだろう。
本部に到着すると、偶然にも新委員長が別の車から下りて来るところだった。約束は出来ないが、時間があれば会っても良いと返事をもらっていたので、ケンウッドが声を掛けると、委員長は振り返り、
「あら、タイミングが良いわね。」
と微笑んだ。それでケンウッドはアイダを紹介した。
「アメリカ・ドーム出産管理区長アイダ・サヤカ博士です。アイダ博士、地球人類復活委員会の新しい委員長ロバータ・ベルトリッチ博士だ。」
ベルトリッチが笑顔で「よろしく!」と手を差し出した。アイダ・サヤカは一瞬躊躇ってから、その手を握った。綺麗な小麦色の肌の指の長いベルトリッチの手は、骨がしっかりしていた。ベルトリッチが彼女の躊躇いに気が付いて笑った。
「戸惑っていらっしゃいますね?」
「お聞きしていた年齢よりずっとお若く見えますので・・・」
するとベルトリッチはケンウッドを振り返った。
「地球人は同性愛者が多いと聞きましたが?」
ケンウッドは真面目に答えた。
「男性の人口が圧倒的に多いので、必然的にそうなるのです。女性が生まれれば、比率は下がるでしょう。」
「そうでしょうね、地球勤務希望者の中には、同性愛の社会を期待して応募して来る人がいるので、困っています。ドーマーの存在を何か勘違いしているらしい。」
そしてベルトリッチは2人に手招きして本部ビルの中へ入って行った。ケンウッドはアイダを振り返って、手振りで「お先に」と合図した。彼女が彼に並んで囁いた。
「委員長は、彼ですか、彼女ですか? どちらでお呼びすれば良いのでしょう?」
それが彼女の戸惑いの原因だった。新委員長は女性として生活しているが、染色体は男性を示している人だ。
「普段の生活では彼女で良いのではありませんか? 医学的には彼になるかも知れませんが。」
ケンウッドの返答に、アイダは得心が行った顔で、やっとビルの中に足を踏み入れた。
しかし、地球に愛する人を残して来た人には、見るのは辛いだろう。
ケンウッドは将来自身が引退する時の気分を想像して、ちょっと気が滅入った。重力は辛いが、死ぬまであの惑星で暮らしたいと言うのが、今の彼の本心だった。
昨年、ハナオカが委員長の座を下りて、常勤顧問になった。新委員長が色々と前の職の仕事を引きずっているので、実質ハナオカがまだ委員会の指揮を執っていると言う噂だった。これが今回の騒動に吉と出るか凶と出るか、ケンウッドには予想がつかなかった。ハナオカは前任者ハレンバーグに比べればローガン・ハイネに執着していないが、それでも「白いドーマー」は汚されるべきでないと考える世代の1人だ。ハイネが現役の執政官に恋をしていると知れば、何と言うだろう。
本部に到着すると、偶然にも新委員長が別の車から下りて来るところだった。約束は出来ないが、時間があれば会っても良いと返事をもらっていたので、ケンウッドが声を掛けると、委員長は振り返り、
「あら、タイミングが良いわね。」
と微笑んだ。それでケンウッドはアイダを紹介した。
「アメリカ・ドーム出産管理区長アイダ・サヤカ博士です。アイダ博士、地球人類復活委員会の新しい委員長ロバータ・ベルトリッチ博士だ。」
ベルトリッチが笑顔で「よろしく!」と手を差し出した。アイダ・サヤカは一瞬躊躇ってから、その手を握った。綺麗な小麦色の肌の指の長いベルトリッチの手は、骨がしっかりしていた。ベルトリッチが彼女の躊躇いに気が付いて笑った。
「戸惑っていらっしゃいますね?」
「お聞きしていた年齢よりずっとお若く見えますので・・・」
するとベルトリッチはケンウッドを振り返った。
「地球人は同性愛者が多いと聞きましたが?」
ケンウッドは真面目に答えた。
「男性の人口が圧倒的に多いので、必然的にそうなるのです。女性が生まれれば、比率は下がるでしょう。」
「そうでしょうね、地球勤務希望者の中には、同性愛の社会を期待して応募して来る人がいるので、困っています。ドーマーの存在を何か勘違いしているらしい。」
そしてベルトリッチは2人に手招きして本部ビルの中へ入って行った。ケンウッドはアイダを振り返って、手振りで「お先に」と合図した。彼女が彼に並んで囁いた。
「委員長は、彼ですか、彼女ですか? どちらでお呼びすれば良いのでしょう?」
それが彼女の戸惑いの原因だった。新委員長は女性として生活しているが、染色体は男性を示している人だ。
「普段の生活では彼女で良いのではありませんか? 医学的には彼になるかも知れませんが。」
ケンウッドの返答に、アイダは得心が行った顔で、やっとビルの中に足を踏み入れた。