2018年4月9日月曜日

泥酔者 8 - 1

 夕方迄ケンウッドは執務室で仕事をしたが、月の人事部からの返事はなかった。彼は疲れたので部屋を締めて夕食に出かけた。月から連絡があれば端末に知らせが入るし、緊急でなければ向こうもドームの朝迄待ってくれる。秘書達からも早くアパートに帰って休んでくれと催促されたので、中央研究所の食堂へ行った。
 普段のケンウッドの食事時間より少し早くて、中央研究所の食堂はコロニー人達で賑わっていたが、ドーマーの幹部達も所々で座っているのが見えた。元遺伝子管理局長秘書のジェレミー・セルシウス・ドーマーも妻と一緒に仲良く夕食を摂っていた。ドーマーの幸せはケンウッドの幸せだ。ケンウッドは彼等を微笑ましく眺め、それから自身の食事を確保して空いているテーブルを探した。
 出産管理区の壁から一番遠い、出口に近いテーブルが空いていたので、そこに席を取った。座って間も無く、珍しくローガン・ハイネ遺伝子管理局長が現れた。食堂内を見渡し、ケンウッドが一人でいるのを見つけると、自身の料理を取ってテーブルにやって来た。

「こんばんは。同席を許可願えますか?」
「勿論!」

 ケンウッドは正面に彼が座るのを見ながら、この時刻にここへ来るのは珍しいね、と言った。ハイネが澄まして答えた。

「テーブルを確保しに来たのですが、貴方の場所しか空いていなかったので。」

 ケンウッドは苦笑した。

「要するに、デートだな?」

 心なしかハイネの頰がピンク色に染まった。そして局長は照れ隠しに言い訳した。

「一般食堂に、例の男がいたので、同じ場所で食べたくなかったのです。」
「ああ・・・あの男か・・・」

 それ以上話題にしたくなかったので、ケンウッドもハイネも別の話題を探して数秒間黙り込んだ。
 やがて、局長が尋ねた。

「長官のお部屋も同じ棟でしたね?」
「Cー307だ。確か、アイダ博士の新しい部屋はCー310だったと思う。ワグナー・ドーマー夫妻の309の隣だ。」
「良いフロアに入れた様ですな。」

 ハイネが意味深に頷いた。ケンウッドは同じフロアの他の住人を思い浮かべてみた。部屋は全部で10ある。入居しているのは越して来たアイダを入れて7部屋だ。アパートは5階建で、どの階も3、4部屋は空いている。殆どが男性のドーマー達は同性カップルでも入居を許可されるのだが、独身用アパートに住んで互いの部屋を行き来する方を好む者もいるし、同居を決心するのは歳を取ってから、と言うカップルもいる。コロニー人は夫婦で働いている人が現行ではアメリカ・ドームに居ないので、幹部クラスが使用しているだけだ。ケンウッドもアイダも名実共に立派な幹部執政官なので、入居しても誰からも文句は出ない。
 その時、ケンウッドはハイネの待ち人が到着したことに気が付いた。

「君の彼女が来たぞ。」