2016年9月4日日曜日

中央研究所 1

  これは消毒薬の匂いだ・・・誰か怪我でもしたのか? ライサンダーなのか?

 ダリルは息子の無事を確認するつもりで体を起こそうとして、何かに阻まれた。
びっくりした拍子に目が開いて、天井の灯りに眩しくて、また瞼を閉じた。

「あら、お目覚めね。」

と女性の声がした。初めて聞く声だ。誰だろう?
ダリルはそっともう一度目を開いた。今度は目が照明の明るさに慣れる迄、半眼にして、声がした方向を見た。
女性が立っていた。ヘアキャップを被り、マスクをしていたし、白衣を着て手袋も付けていたので、茶色の目が見えただけだったが、女性だ。

「照明を少し落としてやろう、眩しいだろう。」

今度は聞き覚えのある男の声だ。光度がすっと落ちて、幾分目が楽になった。
自然光に近い明るさになったのだ。
ダリルが視線を向けるより先に、顔の上に男が顔を覗かせた。マスクを取って見せる。

「私を覚えているか、ダリル・セイヤーズ・ドーマー?」
 
 ダリルは暫く無言で彼を見つめた。思い出せないのではなかった。はっきり覚えていたので、彼がそこに居ることに驚いたのだ。

「18年以上も地球上に残るコロニー人を初めて見ました、ケンウッド博士。」

 それが彼の返事だった。相手は、少し皮肉っぽい笑みを浮かべた。

「初めてではあるまい、君はもっと長く地上にいる男と知り合いのはずだ。」

 ダリルがその意味を解しかねていると、女性がマスクを外した。

「私は、初めまして、ね、セイヤーズ。副長官のラナ・ゴーン、医学博士です。血液の研究をしています。」

彼女はダリルの身体をベッドに拘束しているベルトを外しにかかった。

「検査中に貴方が動いて怪我をしないように、縛っていただけです。自由にしてあげますから暴れないでね。」
「暴れませんよ、ゴーン博士。」

 ダリルは彼女の横顔を見て、ちょっと笑った。自身をリラックスさせる目的もあったが、思った通りの感想を口にした。

「綺麗な方ですね。唇が可愛らしい。」

ラナ・ゴーンが少しびっくりして、ケンウッド長官を見た。ケンウッドは、彼女が今までドーム内に流布する噂を鵜呑みにしていたのだと悟り、誤りの部分を訂正してやった。

「セイヤーズは、女性に関して言えば、ノーマルなんだ。 だから、扱いには気をつけ給え。」