2016年9月12日月曜日

JJのメッセージ 12

 ダリルはキエフを見上げて尋ねた。

「君は私に腹を立てているようだが、私が何か気に触るようなことをしたのかな?」

キエフの髭面の隙間が赤くなった。

「あんたが現れてから、僕の上司は心を乱されっぱなしだ。『氷の刃』はクールな人だ。あんたは邪魔だ。上司を苦しめないでくれないか。」

 ダリルは監視役を見た。上司とはポールのことか、と目で尋ねると、監視役が頷いた。
ダリルはキエフに向き直った。

「私は何もしていない。君の上司が誰か知らんが、私は好きでドームに戻って来た訳ではない。私がここにいて困るのであれば、上層部に訴えて、私を追い出してもらえば良かろう。」

 キエフの顔がますます赤くなった。こいつ、危険だな、とダリルは思った。異常に嫉妬深い。誰であれ、こいつにつきまとわれたら、人生がメチャクチャになるだろう。
キエフが、何か言い返そうと口を開きかけた時、女性側のプールで悲鳴が上がった。

 プールサイドの植え込みの向こうで女性が助けを求めていた。溺れたのか? ダリルは立ち上がって、そちらへ向かった。キエフが後ろで怒鳴った。

「まだ話は終わっていない!」

 そんなものは聞いていられない。ダリルは水際に到着すると、水の底に沈んでいる女性を見つけた。先刻のアフリカ系の女性が既に跳び込んでおり、沈んでいる女性を引っ張っていた。水底の女性は逆立ちしている様にも見えた。
 ダリルは、何が起きたのか、理解した。追いかけて来た監視役に怒鳴った。

「排水ポンプを止めてくれ、早く!」

そして自身は水に跳び込んだ。
 水深は2メートルほどだが、女性は右腕を肘まで底にある排水口に吸い込まれていた。
もがく手足の力が弱々しい。ダリルはアフリカ系の女性と交代して彼女の体を抱えて引っ張ったが、腕は抜けない。すっぽりはまって、もの凄い力で吸い込まれている。
ダリルは彼女の口に口移しで空気を与えた。
 一旦浮かび上がって、深呼吸して、再度潜った。アフリカ系の女性が彼女に空気を与えていた。ダリルはもう1度腕を引っ張り、それから彼女に空気を与えた。
次に水面に顔を出すと、プールサイドには人だかりが出来ていた。女性ばかりだ。
施設維持班のスタッフは何をしているんだ?
 3回目の潜水で、彼女の腕がやっと抜けた。排水ポンプが止まったのだ。
傷だらけの腕から出血しながらも、彼女は力のない手足を動かして、生きようともがいた。ダリルは彼女を抱きかかえて水面に上がり、女性たちから拍手を受けながら、岸に泳いだ。
 ぐったりした女性は、プールサイドの女性たちの手で引き上げられ、人工呼吸の心得がある女性が直ぐ蘇生措置を施した。あまり水を飲んでいなかったのだろう、彼女はすぐに正常な呼吸を取り戻した。
 監視役が救護班を連れて戻って来た。女性たちは溺れかけた女性がストレッチャーに載せられると、彼女を囲んで歩き出した。アフリカ系の女性がダリルを振り返った。

「有り難う。」

彼女が言うと、女性たちも口々に有り難う、と声を掛けてきた。ダリルは彼女たちに手を振って、それから監視役を振り返ると、握手を求めた。

「ポンプを止めてくれて助かった。」
「間に合って良かったなぁ。僕もあんなに速く走ったのは初めてだよ。」

それから、彼はプールサイドを見回した。

「さっきの阿呆ゥは何処へ行った?」