2016年9月5日月曜日

中央研究所 2

 女性に関して言えば確かにダリルはノーマルだった。世の大多数の男たち同様、異性には大いに興味があった。ただ、今まで出遭いの機会がなかっただけだ。
ドームに住んでいれば、女性は限られた場所に居て厳重に守られているので、まず自由に恋愛するのはよほどの幸運がなければ不可能だ。婚姻は執政官が決めた相手と、となる。
脱走して自由な世界に出ても、やはり女性には出会えなかった。女性の絶対数が少なかったし、子育てが忙しくて、食べて行くのがやっとの生活で、異性のことを考えている暇がなかった。子供から手が離れたら、自分がお尋ね者で女性を追いかける身分でないことを思い出した。女性に好かれる容姿をしていながら、ダリルは今まで女性と無縁だったのだ。
 ケンウッド長官が言った「扱い方」と言うのは、検査や診察の時に男性ドーマーの興味を惹くような言動をするな、と言う意味だった。ケンウッドは、職場恋愛を禁止している訳ではなかった。彼は、昔先任者のリンがポール・レイン・ドーマーを立場を利用して愛人にしたことを、今もコロニー人の恥と思っていた。執政官の中には、ドーマーをペットと勘違いしている人間がいることを否定出来ないことも、恥じていた。だから、無闇にドーマーの性欲を刺激する様な言動を執政官たちが取ることを危惧していた。
 ケンウッドは、まだ生まれたままの姿だったダリルに研究所内で被験者が着用する寝間着を渡した。

「これを着て、隣の部屋に来なさい。君は外から戻ったばかりだから、暫くは中央研究所で検査浸けになる。不安を抱かないよう、検査の予定を教える。」

 ダリルが寝間着を受け取ると、彼は検査室から出て行った。
ダリルは、ベッドから下りて寝間着を身につけながら、ラナ・ゴーンが検査器具を片付けるのを目で追った。
副長官は何歳だろう? 外見は自分より10歳ばかり上に見えるが、恐らくコロニー人の平均的な老化速度を考えると5,60歳か? 地球人だったら高齢者になるが、コロニー人では女盛りの頃だ。まいったな、ドームにこんな佳い女がいたなんて・・・
 気が付いたら、ゴーンが睨んでいた。

「長官が仰ったことを聞かなかったの? 身支度が出来たなら、隣へ行きなさい。」

 ダリルは「はい」と素直に答えて、ドアに向かって歩きかけた。するとゴーンが予想外の言葉を投げかけてきた。

「傷は痛くない? レインに無理強いされたでしょ?」

 ダリルは足を止めた。あの屈辱の夜の出来事が突然頭の中に溢れてきた。ポールが嫌なのではなかった。あの時は、したくなかったのだ。しかし、ポールは聞き入れてくれなかった。18年間我慢させられた怒りを一度にぶつけてきたのだ。
 ダリルはゴーンに背を向けたままで言った。

「私は罰を受けただけですよ。」