2016年9月17日土曜日

牛の村 2

 ヘリコプターは砂漠の端の上空を飛び、山地へさしかかった。ダリルが住んでいた山より北西で、森林もある。北へ向かってなだらかな斜面が広がり、牧草地として利用されているようだ。
 ポールは遊覧気分になれなかったが、それでも下界を眺める余裕はあった。隣でアレクサンドル・キエフ・ドーマーが乗り物酔いを耐えていたが、そのうち我慢出来なくなったのか、座席を離れた。扉を無断で開くと言う暴挙に、操縦士が悪態をついた。
ポールが席に着けと怒鳴った直後、ヘリが大きく傾いた。キエフがひっくり返り、床の上を出口へ滑った。彼は辛うじて物に掴まったが、腰から下は空中にはみ出した。
ポールは席を立って、キエフの体を抱えようとした。再び機体が揺れ、キエフがさらに滑った。ポールは彼の手を掴んだ。もう片方の手で自身を支えたが、銃を落とした。彼の銃はキエフの目の前を滑って下界へ落ちていった。
 操縦士が怒鳴った。

「そいつは落としてしまえ! 用があるのはおまえだけだっ!」

ポールは操縦士を振り返った。また機体が揺れて、キエフが悲鳴を上げた。

わざと揺らしたのか・・・

彼は満身の力を込めてキエフを引っ張り上げようとした。キエフも必死で縁に片方の手をかけて上がって来ようとしている。しかし、操縦士が度々機体を揺らすので、脚を機体に掛けられない。
 下界に青いものが見えた。近づくと家畜用の水場なのか、小さな池があった。水深はいかほどだろうか。ポールはキエフに顎で下を見ろと合図した。キエフは這い上がるのに必死だったが、それでも上司の合図に気が付いて、下を見た。池を見て、ポールが言いたいことを理解したが、首を横に振った。高度があり過ぎた。ポールは操縦士に怒鳴った。

「高度を下げろ! 部下を池に下ろしたい。」

3回怒鳴って、やっと操縦士に聞き取ってもらえた。操縦士としては、獲物は1人で充分だった。雇い主が所望しているのは、スキンヘッドの美しいドーマーだけだ。髭面のひょろっとしたヤツじゃない。第1、着陸した時に武道の達人であるドーマーを相手にしなければならないのだから、1人しか連れて行きたくない。操縦士はポールの頼みを聞き入れてやることにした。
 1度越えた池に、旋回して戻った。ヘリが降下して水面に波が立った。これなら生命の危険は少ないだろうと思われる高さまで降りた時、ポールはキエフを掴んでいた自身の手を離した。キエフが叫び声を上げて落ち、続いてポールもヘリから身を投げた。