2016年9月17日土曜日

牛の村 1

 2日後の朝、ポール・レイン・ドーマーと第1チームは中西部支局に到着した。支局長レイ・ハリスは、彼が支局巡りで来る日ではなかったので、かなり慌てた。支局の裏手にある飛行場にドームの専用機が着陸するのが見えて、腰を抜かしかけたのだ。
受付のブリトニー嬢がドームから一行が到着したことを告げた時、彼は焦って机の上の物をひっくり返し、ポールが彼女の横をすり抜けて室内に入ると、何かを引き出しに押し込んだところだった。
 ポールはハリスを取るに足らぬ執政官崩れとしか認識していなかったので、彼の焦りを無視して、ニューシカゴ近郊の農家を家宅捜査するのでヘリを準備するよう要請した。
ハリスはヘリの準備をするので半時間待ってくれと言い、ドームからの一行を別室で待たせた。
 6人のドーマーたちは、普段婚姻許可申請者たちが書類を作成する部屋で時間を潰した。ポール・レイン・ドーマーは、アレクサンドル・キエフ・ドーマーが仲間からつまはじきされていることを承知していた。どのチームに入れても仲間と馴染まないので、一番穏やかで面倒見の良いクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーのチームに入れたのだが、クラウスももてあましている。キエフがユーラシア・ドームからトレードされてきたのは、ロシア系のドーマーの血を入れようと言う上層部の判断からだったが、ユーラシア側が彼を選択したのは、単に厄介払いしたかったからじゃないか、と思った。
 厄介払いしたいのであれば、ドーマーを辞めさせて外へ出せば良いじゃないか。
どうしてそんな単純なことを執政官は思いつかないのだろう? とポールは内心苦々しく思うのだ。
 ブリトニー嬢がお茶を運んで来た。ポールのお茶好きを知っているので、当地で手に入る最上のお茶を使って淹れてくれた。

「綺麗な色に淹れてくれたんだね。」

ポールがお茶の色を褒めると、彼女は白い頬をピンクに染めた。

「綺麗な色を出そうと思ったら、香りの方が疎かになるのでは、と心配なんです。」
「香りも素晴らしいよ。有り難う。」

ポールは、男相手には滅多に見せない笑みを彼女に向けた。クラウスは、キエフの表情が強ばるのを目撃した。ポールがこれ以上ブリトニー嬢に愛想を振りまくと、彼女が危険に曝されるかも知れない。クラウスは咳払いして、ポールの視線を自身に向けた。目でキエフをそっと指して注意を促した。ポールは彼女に、これから仕事の打ち合わせをするから、と言い、彼女は素直に「お仕事頑張って」と全員に向けて挨拶して部屋から出て行った。
 部下たちは、チーフが忽ち不機嫌になるのを察知した。ポールはブリトニー嬢がお気に入りでもっとお喋りしたかったのだが、キエフが邪魔をした、と彼らは解釈した。
実際、そうなのだが、キエフだけが理解していなかった。
 お茶を飲み終える頃に、ハリスが現れた。

「急なことなので、ヘリは1機しか用意出来ない。車を用意したので、指揮官以外は地上から行ってもらえないか?」

ポールはクラウスを見た。クラウスも彼を見た。クラウスがハリスに尋ねた。

「車は何台です?」
「2台、もしもっと要るなら・・・」
「2台で充分、でも後で追加要請する場合もあり得るので、数台空けておいて下さい。警察にも待機してもらえると有り難い。」
「わかった。」

 部下たちが顔を見合わせている。ポールは彼らが何を思っているのか想像がついた。
彼らは、キエフと同乗したくないのだ。ここへ来る迄の機内でも、彼は1人離れていたのだ。

「ヘリには俺とサーシャが乗る。君らは車で後から来てくれ。」