2016年9月19日月曜日

牛の村 9

 ラムゼイ博士の農家では、博士と秘書のジェリー・パーカー以外は台所横の部屋でみんなで食事を摂った。JJはライサンダーが来るのを待って、一緒に座る。料理人のシェイはいつも大鍋のそばにいて、お代わりは彼女の許可が必要だ。
 その日の夕食時の話題は当然のことながら、捕まえたドーマーの肉体美だった。どうすればあんな筋肉を持てるのかと羨ましがる者がいれば、抱いてみたいと欲望を口に出す者もいた。ライサンダーは下品な話題に参加するまいと、食べることに専念して、JJが指文字で話しかけるのを危うく見逃すところだった。

ーーしぇいが ほりょに ごはん あげてって

 視線を向けると、シェイが微笑して頷いた。
 牧童やメーカーたちが食事を終えて部屋から出て行くと、JJは後片付けだ。ライサンダーも手伝うのだが、その日は、シェイがスープと水をトレイに載せて彼に渡した。

「ジェリーから頼まれているから、ちゃんと食べさせてね。明日は移動だから、あの人に私の手料理は最初で最後だけどね。」

 シェイはこの農家から初めて外に出る。台所ともお別れだ。彼女は引っ越しを告げられた時、残りたいと駄々をこね、博士に叱られた。おまえはただのコックではないのだ、と。勿論、彼女にもわかっていた。彼女は博士の商売の為に買われ、育てられ、養われているのだ。
 突然、ライサンダーは気が付いた。遺伝子管理局がラムゼイ博士を逮捕したら、シェイは刑務所に収容される。それからどうなるのだ? 世間で噂されている様に「処分」されるのか? それともダリルが以前言った様に、「検査」されて新しい生活をもらえるのか?

 『氷の刃』に尋ねたら、答えをもらえるのだろうか?

 廊下を歩いて、パティオに面した1室の前に行った。見張りがいて、捕虜の食事だと言うと鍵を開けてくれた。
 部屋の構造は、ライサンダーとJJが2人で使っている部屋と同じだった。狭くて家具は粗末な古い鉄製のベッドと小さな丸テーブルだけ。手洗いがないから、見張りに声を掛けて外へ出なければならない。
 ライサンダーが入ると、見張りは照明を点けてくれて、ドアを閉めた。
 ポール・レイン・ドーマーはベッドの薄っぺらなマットレスの上に入り口に背を向けて横になっていた。後ろ手に縛られているので、仰向けになれないし、着る物をまだ与えられていないので、こっちを向きたくないのだ。ライサンダーは恐る恐る声を掛けた。

「起きてるか? 飯を持ってきた。」