2016年9月19日月曜日

牛の村 13

 ローガン・ハイネ・ドーマー遺伝子管理局局長が、テーブルの中央に3次元画像を立ち上げた。熟年の男性の画像だ。

「元執政官サタジット・ラムジー博士だ。50年前、アメリカ・ドームで起きた『死体クローン事件』の中心人物で、火星に送致される直前に逃亡し、今もって行方をくらませている。」

 彼はチーフたちが誰1人として反応しないことに気が付いた。全員50歳以下、若いので、50年前の事件など知らないか、歴史の一コマ程度の認識だ。ハイネ局長は事件の説明をしている場合ではないと判断したので、話を進めた。

「2月ほど前に、北米南部班が、メーカーのベーリングが4Xと言うクローン技術を開発したと言う情報を得て、それを故意に巷に流した。情報に飛びついたのが、ラムゼイ博士と呼ばれるメーカーの組織だった。」
「つまり、ラムジーとラムゼイは同一人物?」

ダリルが初めて見る、ドレッドヘアの浅黒い肌の若い男が口をはさんだ。中米班チーフだ。局長は口をはさまれて、ムッとした。

「未確認だが、恐らくそうであろうと考えられる。」

ドレッドヘアが何か言おうとしたが、彼は話しを続けた。

「ラムゼイはベーリングの研究所を襲撃してベーリングの妻子を誘拐した。それをベーリングが取り戻そうとしてラムゼイの研究所を襲い、2つの組織は共倒れになった。
しかし、ラムゼイ博士は当日不在で生き延びたのだ。そして、ベーリングの4Xだが、それは当局が考えた数式ではなく、遺伝子組み換えで生まれたベーリングの娘であることが判明した。」

おやおや、とドレッドヘア。静かにしていられない性分の様だ。

「北米南部班チーフ、レイン・ドーマーは、何を血迷うたか、18年前に脱走したセイヤーズ・ドーマーを共倒れになった両メーカーの研究所の近くで発見し、ラムゼイの研究所から逃亡した4Xの捜索をセイヤーズに依頼した。」

 ダリルは室内の人々の視線が自分に集まったのに気が付いた。既にドーム内では知れ渡っていることを、何故ここでわざわざ言うのか、と局長を恨めしく思った。すると、ドレッドヘアがまたしても横槍を入れた。

「レインは合理的に仕事をしただけでしょう。脱走者を働かせて娘の捜索をさせて、後で2人共回収する。」
「少し黙ってくれないか、クロエル・ドーマー!」

クロエルと呼ばれたドレッドヘアの男は、舌をぺろりと出して、黙り込んだ。そしてダリルを見てウィンクしたので、ダリルはちょっと驚いた。