2016年9月28日水曜日

トラック 14

 ライサンダー、JJそれにポール・レイン・ドーマーはクロエル・ドーマーに誘導されて管理局の車に案内された。遺伝子管理局の局員たちが押収品のチェックをしている横で、彼等は所持品と健康状態のチェックを受けた。

「お帰りなさい、チーフ、ご無事でなによりです。」

 局員が嬉しそうに声を掛けると、ポールは彼を制した。

「今日のチーフはクロエル・ドーマーだ。」

 クロエルが

「そうは言っても、こいつ等のチーフは君だから。」

と言うと、頑固に

「いや、命令系統をはっきりさせておくべきだ。俺はドームが許可する迄チームに戻れない。事件関係者だからな。」

と言い張った。クロエルはあっさり引き下がった。部下に、まぁそう言うことにしておこう、と笑いかけた。部下もそれ以上は突っ込まなかった。ポール・レイン・ドーマーは誰の目から見ても疲弊しているとわかったからだ。
 ライサンダーは、自身が局員たちの好奇心の的になっていることに気が付いた。ダリル・セイヤーズ・ドーマーの息子は葉緑体毛髪を持っているが、それは何を意味するのか? ライサンダーは悟った。ダリルはまだ息子の片親の正体を公にはしていないのだ。
ポール自身は既に彼が息子だと認めたと思える発言をしている。だが、それは実際に本人に接したから認めたのだ。そしてダリルも、ほんの10数分前に、初めてポールが息子のもう1人の親だと息子に向かって明かしたのだ。ライサンダーは途方に暮れた。自分はこれからどう振る舞えば良いのだろう?
 父を振り返ると、ダリル・セイヤーズ・ドーマーは、額の広い赤毛の男と何やら口論をしていた。赤毛の男はスーツを着用しているが、局員の服ではなかった。いつも穏やかなダリルが何を怒っているのだろう? とライサンダーが訝しく感じていると、口論していた2人が揃ってやって来た。

「レイン・ドーマー!」

と赤毛の男がポールを呼びつけた。ポールが面倒臭そうに彼の方を向いた。

「セイヤーズが君をすぐにドームへ送り返すと言っているが、君は事件関係者だ。注射の効力が切れる前に警察で事情聴取を受けて欲しい。」
「ポール、リュックの言うことなど聞く必要はない。早くドームに帰って休め。」

 ライサンダーはポールの表情を伺ったが、ドーマーは何の感情も見せなかった。JJが彼の手に触れようとしたが、ポールはそれを拒否した。

「メーカーどもの罠にはめられた時から救出される迄の経緯を話せば良いのだろう?」
「そうだ。」
「ではさっさと済ませよう。案内しろ、リュック・ニュカネン・ドーマー。」
「元!!ドーマーだ。」

 赤毛の男は「元」を強調した。
ダリルが首を振った。彼はポールをこれ以上疲れさせたくないのだ。ライサンダーは声を掛けてみた。

「俺も行こうか?」
「おまえは行かなくて良い。」

ダリルとポールが同時に発言した。見事にハモって、2人は決まり悪そうに顔を背け合った。クロエル・ドーマーが親たちの代わりに説明してくれた。

「君たちは、遺伝子管理局が保護した子供だから、警察は接触出来ないんだ。」

「保護された子供」が「違法製造されたクローン」と言う意味だとは、クロエルも言わなかった。
 ポール・レイン・ドーマーは1分でも無駄にしたくなかったので、さっさとニュカネンの車の方へ歩き始めた。ニュカネンがクロエルに「出張所で待ってろ」と言ってポールを追いかけて行った。
 ライサンダーの耳に、部下たちの囁き声が聞こえた。

 相変わらず堅物ニュカネンは高飛車だなぁ。
 早くレインを返してくれないかな、彼が今にもぶっ倒れそうな顔をしているのに、堅物野郎は気が付かないんだ。
 ニュカネンの辞書に「気遣い」って単語はないんだよ。

 「元ドーマー」と「脱走ドーマー」はどう違うのだろう? とライサンダーはふと思った。そして父を振り返ると、ダリルは視線をポールからジェリー・パーカーに移していた。
 ジェリーは麻痺銃で撃たれて動けなくなったところを車に押し込められて連れてこられたのだ。メーカーは遺伝子管理局に逮捕された後、警察に引き渡される。管理局は押収品からメーカーの違法の証拠を探し出して警察に渡す。「手柄」は警察のものとして公表されるのだ。しかし、今回管理局はジェリーの身柄だけは警察に引き渡さなかった。ラムゼイ博士がまだ捕まっていないので、ジェリーから情報を引き出したいのだ。
 ジェリーは野原を1人で歩いて何処へ行こうとしたのだろう?