2016年9月11日日曜日

JJのメッセージ 6

 帰投したポールは直ぐに休める訳ではなかった。捜索に加わらなかったチームは定時勤務、つまり支局巡りをしているので、その報告書にも目を通さなければならない。彼が見たと言う署名をして、やっと部下たちの仕事が終わるのだ。
 抗原注射の効力切れが近づく頃に、ポールは大嫌いな事務仕事を全部終えてオフィスを出た。軽い夜食を摂る為に食堂に向かって歩いていると、執政官のアナトリー・ギルを見かけた。鼻が腫れている。思わず声をかけた。

「ギル、その顔はどうした?」

 仕事以外でポールからファンクラブのメンバーに声を掛けるなんて、滅多にないことだ。しかし、その光栄な出来事にギルは喜ぶ気配もなく、ぶっきらぼうに「転んだだけだ」と言って足早に去った。
 なんだ? とポールが訝しく思った時、端末にメッセージの着信があった。見ると副長官からで、手が空いたら医療区に来て、とあった。
 ポールは夜食は止めにしてその足で医療区へ出向いた。自身の健康問題に誰かがいちゃもんを付けたのか? その程度の思いだった。
 夜の医療区は静かだと思っていたが、存外雑然としていた。出産は夜が多い。スタッフが昼間と変わらず忙しく歩き回っていた。
 
「チーフ・レイン!」

 受付でポールに声を掛けたのは、クラウスの妻、キャリー・ワグナー・ドーマーだった。コロニー人のクローンで、ドームの外の取り替え子には出されずにドーマーとして育てられ、医療スタッフとして働いている。精神科のお医者さんだ。クラウスとは珍しく純粋な恋愛で結ばれた。クラウスがいつも落ち着いてポールのサポートが出来るのは、彼女の存在のお陰だと、誰もが思っている。ポールも彼女が好きだ。彼女がクラウスの奥さんで良かったといつも思っている。もし、他のドーマーの奥さんだったら、ちょっと甘えにくい・・・
 しかし、今夜は精神カウンセリングを受ける予約はないが・・・?
 キャリーが近づいた彼に、305号室へ行くように、と告げた。

「後で副長官もお見えになりますからね。」