2016年9月22日木曜日

トラック 3

 ダリルは作戦会議室で1立体俯瞰図を見ていた。道路上に表示されている赤い点が少しずつ東へ移動している。ポール・レイン・ドーマーの体から発信される電波が示す位置だ。同じく、ライサンダーが使った携帯端末と思われる機器から発せられるGPSが示す位置だ。2人は一緒にどこかへ移動している。連れて行かれる最中だ。JJも一緒だと良いが、ばらばらにされると厄介だ。
 背後に人の気配がしたので振り返ると、クロエル・ドーマーが立っていた。先刻まで早い朝食を摂りに食堂へ行っていたのだ。

「どこへ向かっていると思う?」
「このままハイウェイを走れば、ローズタウンが一番近いかな。ラムゼイのアジトの一つがあるらしいですよ。レインのチームが小さい所は掃討しちゃったけど、一箇所だけ商売を続けているそうです。なんでも政治家とか財界人のスポンサーがいて、表向きの看板に上客が多いもんだから、迂闊に手を出せないって、ワグナーも愚痴ってましたね。」
「正体がばれている場所に、人質を運ぶかなぁ・・・」

 ダリルはハイウェイの分岐を指した。

「ここから南下するルートを取ると、セント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウンがある。野生生物復活事業が盛んな土地で、クローン研究に熱心な土地だ。小さな街だが、全体が大学施設とそれに関連する商売人と大学関係者の住居で占められる学究都市と言える。ここに入り込まれると、探すのに一苦労だ。」

 ふむ、とクロエル。

「早く朝飯に行って下さい。ジェット機を用意させてますから、準備ができ次第、飛びますよ。」
「何処へ?」
「ローズタウン。」
「そっちか?」
「空港はそっちしかないんです。」

 きっとクロエルと言う男はもの凄く才能に恵まれているのに軽薄な外見で損をしているんじゃないか、とダリルは思った。
 中央研究所ではなく、普通のドーマーたちが利用する居住区の食堂へ行った。早朝だが、ドーム施設の維持保守をする仕事に就いているドーマーたちで食堂は賑わっていた。
スーツ姿のダリルが食べ物を取って空いているテーブルを探すと、彼らはすぐに気が付いて、「あれ? こんな人がいたっけ?」と言いたげな顔をした。
 ふと、一箇所、2人用のテーブルの片側が空いているのが目に入った。先客は食事を済ませて珈琲と端末で新聞の時間を楽しんでいる。ダリルはためらうことなく、その正面に座った。失礼しますよ、と声を掛けると、相手は目を上げずに、どうぞ、と言った。
 出動まで時間があまりないので、ダリルは山盛りのスクランブルドエッグと刻みトマトとミルクで食事を済ませた。

「もう少し栄養価の高い物を食べたら?」

と相手が言った。彼はミルクを飲み干してグラスを置いてから、言い返した。

「サラダと珈琲だけの人に言われたくありませんね、ゴーン博士。」

ラナ・ゴーンとダリルの目が合った。彼女が意味深な笑みを口元に浮かべた。

「寝間着よりスーツの方が似合ってるわよ、セイヤーズ。」
「それはどうも。管理局は私を研究所から奪い返したつもりでいますよ。」
「ええ、知っているわ。私も貴方をいつ彼等に返そうかとタイミングを探していたのよ。長官やクローン部門の執政官たちは貴方を手放したがらないので、昨夜の会議は好都合だったわ。」
「随分お優しいんですね。」
「女性執政官たちが、貴方の相手をする順番でもめて困っていたの。ドーマーをペット扱いする悪い病気ね。風紀的にも良くありません。」
「私のせいじゃないですよ。」
「わかっています。」

 ラナ・ゴーンは時計をちらりと見た。

「そろそろ行くわ。貴方も外へ行くのでしょう? 気をつけてね。クロエルと仲良くしてあげて頂戴。 あの子は、あれでかなり苦労して育った子なのよ。」