2016年9月10日土曜日

中央研究所 12

 ダリルは監視員の目を盗んで観察施設を抜け出した。向かったのは居住区にあるポール・レイン・ドーマーのアパートだ。
 彼は、ドームのマザーコンピュータに侵入し、昨日の管理局員たちの報告書を閲覧した。そうしなければ、観察施設の端末では見られないからだ。
自身は、あの忌まわしい夜明けにポールに麻酔剤を打たれて、その日の夕方ドームで目覚める迄意識を失っていた。ライサンダーがあの日一日どんな行動を取ったのか、全く教えられていない。管理局と接触があったのかもわからなかったので、どうしても知りたかったのだ。
 しかし、ポール・レイン・ドーマーの報告書は実に簡素だった。

ーー山岳地域でライサンダー・セイヤーズと思しき人物を追跡したが見失った。

とだけ書かれていた。
他の局員たちの報告書はもう少しましで、少年が実弾で銃撃して来たので、麻痺光線で応戦したとあった。
幸い、少年の銃で負傷した者はいなかったが、1人だけ、少年に光線を命中させたと書いている者がいた。ダリルはその報告者の名前は見なかった、知ってしまうと、無用な恨みを抱いてしまうと危惧したからだ。局員は仕事をしただけだ。
撃たれた少年は川に転落し、消息を絶った、とその報告書は締めくくっていた。
 全て、昨日の出来事だ。ライサンダーが怪我をして動けなくなっていたら、すぐ助けなければ・・・
 ポールが抗原注射切れで休んでいることはわかる。そうしなければ動けないことも承知している。しかし、ダリルはポールに抗議せずにいられなかった。早く息子を助けに行け、と。

 観察施設を出て数分も歩かぬうちに、コロニー人と出くわしてしまった。
相手がじろりと自分の頭から爪先まで見たので、ダリルは自分が寝間着にサンダルで目立つ姿をしていると今更ながら気が付いた。
 そのコロニー人が、話しかけて来た。

「そんな格好で何処へ行くつもりだ? ポールに夜這いでもかける気か?」

 ダリルは相手を改めて見た。18年の間に大半のコロニー人は入れ替わっている。知らない顔ばかりだ。しかし、執政官であることはわかる。彼らの多くは消毒の匂いがする。
研究施設で働いているからだ。目の前の男も執政官に違いなかった。
 それにしても、何か品のない言葉を使って絡んできたものだ。

「私のことをご存じの様だが、生憎今は貴方と話している暇はないのでね、失礼するよ。」

 ダリルは相手の横を通り抜けようとした。いきなり、腕を掴まれた。ダリルは反射的に空いている方の手で、執政官を殴った。