2016年9月8日木曜日

中央研究所 7

 食堂の一角でちょっとした歓声が上がり、ケンウッドの注意を惹いた。
歓声を上げたのは若い執政官たちのグループで、彼らがどう言う種類のグループなのか、ケンウッドはすぐにわかった。歓声の元が現れたからだ。
 アナトリー・ギルが、ポール・レイン・ドーマーを伴ってテーブルに着くところだった。執政官たちは勿論、彼ではなくポールのお出ましに歓声を上げたのだ。
ギルは仲間たちに対して得意満面だが、ポールの方は明らかに疲れが残る生気の乏しい表情をしていた。
 ケンウッドは腹が立った。外から戻った管理局員たちは抗原注射の効力切れで疲弊している。今日1日は寝かせておくべきなのだ。ギルは故意にポールが逆らえない日を選んで彼を連れ回しているのだ。

「ギルには後で厳重に注意しておきます。でも、どうしてレインはギルに逆らわないのでしょう。」

いつの間にか、副長官ラナ・ゴーンがケンウッドのテーブルの隣にいた。彼女も遅い朝食だ。

「あの男は根本的に寂しがり屋だ。ゴマすりと誤解されているが、彼は自分を守ってくれそうな人間の機嫌を損ねるのは損だと本能的に判断している。
それに、彼は溜めたストレスを他人の肌に触れることで解消しなければ眠れないのだ。」

フン、とゴーンが鼻で笑った。

「ベッドでは頭が空っぽの科学者たちが、格好のストレス解消の道具だと言うことですね。でも、アナトリーが彼に平安を与えてくれるとは思えませんわ。」
「恐らく、彼はこの18年間、平安と無縁だったのかも知れないな。」

 ファンクラブの面々もポールの健康を心配するのだろう、ギルの行動を批判する声も聞こえた。ギルは一晩彼らのアイドルを独占したのだ。もしポールが体調を崩しでもしたら、リンチしかねない雰囲気だ。しかし、当のポールが、「俺は平気だから」と一言言い放って連中を黙らせた。勿論、ギルをかばったのではない。ファンたちに静かにして欲しかっただけだ。