2016年9月5日月曜日

中央研究所 3

 ケンウッド長官は執務机をはさんでダリルを座らせた。
机の上に、検査室で撮ったダリルのレントゲン画像を立体的に立ち上げ、骨格や骨の組織に問題がないことを告げた。筋肉も同年齢の普通の地球人に比べれば、遙かに若い。つまり、ドーマーの肉体そのものだ。
 血液検査の結果はゴーン副長官の分析を待つだけだ、とケンウッドは言った。

「君は普通のドーマーがドームを去って一般人になると、老化が早まると言う事実を知っているだろう?」
「私が普通ではないと仰りたいのですか?」
「ああ、そうだよ。」

 ケンウッドは少し哀しそうに見えた。

「これは一部の幹部にしか開示されていない情報だが、君は進化型1級遺伝子保持者だ。
元は、宇宙飛行士が多くの知識を頭に入れる為に開発された人工的な遺伝子だ。コンピュータ並の量の情報を記憶して、しかも即座に思い出し、応用出来る能力だよ。」
「私はそんなに頭は良くありませんよ。」
「だが記憶力は並じゃないだろう。君の細胞はドーマーとして生活していた頃の情報を元に新陳代謝を繰り返している。だから、普通の地球人より老化が遅い。」
「でも、ドーマーとして歳を取っていけるでしょ?」
「それはまだ誰にもわからない。だから、観察が必要だ。」

ダリルは微かな目眩を覚えた。

「まさか、私を一生ここで飼うつもりじゃないでしょうね?」
「君が歳を取らないから留める訳ではない。」

ケンウッドはレントゲン画像を消して、次の画像を出した。染色体だ。ダリルは不快になった。意識を失っている間に、一体どれだけの種類の検体を採取されたのだろう?

「地球人が男の子しか産めなくなった理由の一つは、地球人の男が保有するX染色体が弱いからだ。膣内に入っても、卵子にたどり着く前に、X染色体を持つ精子はY染色体の精子より先に死んでしまう。何故そうなるのか、その謎はまだ解明されていない。ところが・・・」

ケンウッドはじっとダリルの顔を見つめた。

「君のX染色体は、子供になったね?」

 ダリルはどきりとした。冷や汗が出て来た。
ラインサンダーの存在が報告されていることは覚悟していたつもりだったが、長官からずばりと言われると、身がすくむ思いだ。

「Xなのか、Yなのか、私は知りません。」
「Xに決まっているだろう。」

ケンウッドがぴしゃりと言った。

「ポールのはYしか生き残れないのだから。」

ケンウッドは、両手で顔を覆ってしまったダリルに、はっきりと言い渡した。

「これから、ドームは君の子供を創る。君をコロニー人の女性クローンと掛け合わせる。
ドーマーを種馬にするのは人権蹂躙だとわかっているが、君には地球人の未来がかかっているのだ。女の子が必要なんだ。進化型1級遺伝子が、強いX染色体を子孫に伝えるはずだ。」

 ダリルは泣いているのだろう、とケンウッドは思った。涙を流さなくても、心で泣いてる。本人には何の罪もないのに、一生を囚われの身で生きることを強いられねばならない。
 しかし、顔を上げたダリルは、泣いてはいなかった。何か覚悟を決めた固い表情で、いきなり取引を申し出て、長官を驚かせた。

「私の息子には絶対に手を出さないでください。約束していただけるなら、私は一生貴方方の言いなりになって差し上げます。」