2020年7月27日月曜日

蛇行する川 4   −8

 シマロンが事件を物語り終えると、まるでそれを待っていたかの様に、否、実際に厨房では待っていたのだが、料理が運ばれてきた。給仕をしているのが年配の女性だったので、シマロンは驚いた。普通、給仕の仕事は男性かロボットだ。個人の家で女性に給仕してもらったことはあるが、こんな公の場では初めてだった。
 料理を並べている彼女に、ケンウッド博士が優しい目で話しかけた。

「この若者は遠い中西部から来てくれた私の友達だよ。クリアクリークと言う美しい小さな町の保安官なのだ。今日は彼の友人である保安官助手の若い人と、彼自身の父親が一緒に来ているのだが、その2人はシティに遊びに行ってしまった。保安官が1人残って、我々年寄りの相手をしてくれているんだ。」

 シマロンは給仕の女性と目が合った。綺麗な張りのある肌の美しい中年女性だった。彼女は彼と目が合うとニッコリ笑って、軽く頭を下げ、「ごゆっくり」と囁いて厨房へ下がって行った。シマロンもなんだか温かい雰囲気を感じて、微笑みを浮かべていた。
 料理はどれも温かく美味しかった。特に珍しい食材を使っている訳ではない。豪華でもない。しかしどの料理もずっと食べ続けたいと思う程口に馴染み、美味しかった。

「なかなかの食べっぷりだな。」

とヤマザキ博士が笑った。シマロンは照れ笑いした。

「田舎者なんで、美味い物を食べると止まらないんですよ。」
「それは僕も同じ。」

とサルバトーレも笑った。

「シェイの料理はいつも美味いです。」
「さっきの女性はシェイと言う名前ですか?」

 シマロンが何気に尋ねると、ケンウッド博士が首を振った。

「否、シェイは給仕はしない。彼女はシェフだからね。先ほどの女性はレティシアだ。」

 食事の間は殺人やら薬物の密売やら、そんな話題は一切出ずに、ケンウッド博士とサルバトーレがサンダーハウスでの面白い実験の話をしてくれた。シマロンは科学実験に興味がなかったが、博士達の話が上手なので聞き入ってしまった。サンダーハウスでは雷を発生させて大気汚染を浄化させる実験を行なっている。だから広大な農地と林が浄化された空気に包まれているのだが、あまり清潔にし過ぎると却って生態系のバランスが崩れるのだと言う。

「電圧の微妙な加減が難しくてね、ジェンキンス教授は毎日電力の計算で頭を悩ませている。抜け毛が増えて困ると愚痴っていたよ。」
「発電装置の設定だけでは、電圧は一定しないのか?」
「微妙に異なった電圧になるので、一定化させるのが課題なんだ。」

 サルバトーレがシマロンに囁いた。

「僕には何の話やら、さっぱり・・・」
「俺も・・・」

 すると耳聡く聞きつけたヤマザキ博士が振り返って言った。

「僕にも何のことかわからないんだが、知ったかぶりしないとケンさんの話が進まないからね。」

 ケンウッド博士が両手を天井に向けて上げた。

「私も専門外だから、実のところ何もわからないんだ。」
「ロビン・コスビーに講義してもらわなきゃな・・・」

 サルバトーレがシマロンに説明した。

「コスビーはドームで働いている電気工事関係の親方だ。」
「ドームでは色々な人が働いているのですね。」
「君は男性だから職務以外では中に入れないが、出産経験のある女性に聞いてみると良い。ドームの中はとても広いんだ。何しろ南北大陸から女性達が毎日集まって来て子供を産む所だからな。だから、中で働く人も様々な職種で大勢いるんだ。」

 シマロンは窓の端っこに見えている虹色の壁を見た。ドームの壁の端っこだ。表面の色が絶えずうごめいて変化している不思議な壁だ。巨大な虹色の卵。

「コロニー人と地球人が一緒に働いているのでしょう?」
「うん。コロニー人は主に科学者だ。いかにして丈夫な地球人の子供がドームの外で生まれるようになるか、日夜研究している。僕等地球人はドームの中の女性達や赤ん坊の世話をしたり、科学者達が研究に専念出来るようにドーム内部の生活環境維持が仕事なのさ。」
「だが、もうすぐ・・・」

とケンウッド博士が遠い目をした。

「ドームに頼らなくても地球人は好きな場所で子供を持てるようになるよ。」