2020年7月20日月曜日

蛇行する川 3   −2

「あの博士が気になるのか?」
「だってよ・・・」

 ヴァンスは室内を見回して、シマロンと彼自身しか居ないことを確認した。

「お前は本当に彼がただの遺伝子学者だと信じているのか?」
「コロニー人の遺伝子学者だ。」
「ドームの学者だぞ。」
「知っている。」
「それじゃ、これは知っているか? この数年、ドームで働いている地球人達がどんどん外に出て来ているってことを。」
「?」
「ドームが地球人従業員の解雇を検討しているんじゃないか、って専らの噂だ。つまり、ドームは閉鎖されるかも知れないってことだよ。」
「はぁ?」

 ドームが閉鎖されるなんてあり得ない、とシマロンは思った。地球人は大異変以降、ドームの中でしか誕生しない。稀に外の病院で生まれることもあるが、その際はドームからコロニー人の医師が出張って来て大袈裟な消毒設備を設置して出産させるのだ。

「ドームの閉鎖など、ありっこないさ。」
「わからないぞ。ドームはただ宇宙の連中が地球をコントロールしたくて設けた施設だって噂もある。」
「地球規模の詐欺だと?」
「あれだけの施設を地球各地に造ったんだ。その規模の詐欺はやるだろう。」
「ドーム建設にどれだけ金が掛かっていると思うんだ? そりゃ、俺は金額なんて知らない。だが、あんな大金を掛けて詐欺を仕組む目的はなんだ?」
「地球支配。」
「地球を支配して誰が得するんだ?」

 ヴァンスは黙り込んだ。シマロンは暫く親友を見つめ、やがてどちらからともなく吹き出した。

「ドームの従業員は外に出てきて何をしているんだ?」
「聞いた話では、学校みたいな施設や工場みたいな施設、それに農場を借り受けて普通に働いているそうだ。ただし、そこに住み着く訳じゃなくて、ドームから定期的に交代でやって来るんだ。」
「それは、研修だろ。」
「そうかな?」
「ケンウッド博士のボディガードが言っていたが、彼等は都会育ちで田舎のことを知らないから、勉強しているのだと・・・」
「工場は?」
「それは・・・」

 シマロンは何かが閃いた。

「ドームの従業員は皆養子なんじゃないか? ドームの中で育ったので外の社会を勉強する必要があるんだ。この数年で恐らくドーム内の教育方針が変化したのだと思う。」
「そんなものかな・・・」

 ヴァンスは母親がいる。養子と母親がいる子供の違いをあまり意識していない。
 ドームの中の従業員が養子で、ドームの中で恐らくコロニー人に育てられて、外の社会と距離を置いて成長したのだとしたら、外の世界を学ぶ必要があるだろう。ケンウッド博士はそれを200年の伝統を破って実行し始めたのではないか。シマロンはそう想像して、1人合点が行った。

「ところで・・・」

 ヴァンスが話題を変えた。

「博士は何を探しに来たんだって?」