2020年7月18日土曜日

蛇行する川 2   −6

 シマロンとケンウッド博士はホテル・モッキングバードに向かって歩き始めた。シマロンは博士が往路と違って早足で歩くので自身も歩調を早めた。

「博士、貴方やセッパー博士はその薬を服用されないのですか?」
「しないよ。」

 博士が前を向いたまま答えた。

「サンダーハウスの研究者達は服務規定通りに定期的に重力休暇を取って宇宙へ帰る。シュリーも例外じゃない。規定破りをすれば研究費を削られるか、解雇されるからね。ああ言う研究組織はかなり厳しいんだ。病人が出した研究結果を世間が認めるかどうか、神経を尖らせているから。」
「貴方は?」
「私は不定期ではあるが、必ず一年間に割り当てられた休暇は取る。部下の健康を守るのが私の仕事だ。リーダーが規定を違反するのは不味いだろう。」

 彼はシマロンに顔を向けた。

「だから、さっき拾ったゴミは、誰か他のコロニー人が捨てたのだよ。」
「あの薬は毎日飲まなきゃならない物なんですか?」
「薬の種類にもよる。製造会社によって成分が異なるから。しかし概ね毎日服用するものだ。」

 ホテルに近づくと昼時でカフェから良い匂いが漂って来た。シマロンは朝が早いので空腹を覚えた。一緒にランチにしませんかと博士に声をかけようと思って、保安官事務所に博士のボディガード、アキ・サルバトーレが来ているであろうことを思い出した。彼は歩きながら端末を出した。マイケル・ハーローに電話を掛けた。

「マイケル、サルバトーレさんは着いたか?」
「とっくの昔に・・・」

 ハーローが陽気に答えた。

「探し物は見つかったんですか?」
「見つかった。これからホテルのカフェで昼飯にしようかと思うのだが、君とサルバトーレさんも一緒にどうだ?」
「良いんですか?!」

 ハーローの声が弾んだ。

「すぐ行きます!」

 サルバトーレの意見も聞かずにハーローは電話を切った。
 シマロンは苦笑して、ケンウッド博士を振り返った。博士が優しい笑みを浮かべてこっちを見ていた。

「君は優しいボスだね、保安官。」
「2人きりの事務所ですからね。」

 テラスにテーブルを確保すると、シマロンはヴァンスを探しにフロントへ行った。ジョン・ヴァンスは出かけていたが、フロント係は保安官の質問に素直に答えた。この一月ばかり、コロニー人の客はサンダーハウスからの2人だけだったと言う。

「川下りのシーズンじゃないですからね。」

とフロント係は言った。

「もう少し上流で雨が降らないと、迫力のある水流下りは無理ですよ。コロニー人は釣りをしたがらないし。」

 それでも係は宿泊者データを覘いて確認してくれた。宿泊者は必ず端末のIDを提示して宿泊者名簿に登録するのが州の条例で定められている。拒否すれば宿は泊めないのだ。
 シマロンが係に礼を言ってテラスに戻るとケンウッド博士がトイレから帰って来たところだった。手を消毒しに行ったのだ。シマロンも手を洗うべきだと気が付いた。ケンウッド博士はドームの長官だ。ドームは地球上で最も清潔な場所で、入る時はお腹の中まで消毒されることで有名だ。手を洗わない人と食事を共にするのは嫌だろう、とシマロンは考え、近くの水栓で手を洗浄した。消毒といかなくてもこれなら許してもらえるだろう。
 席に着いて料理を注文したところへハーローとサルバトーレが現れた。ボディガードの顔を見て、ケンウッド博士が立ち上がった。

「アキ、無断で出かけて済まなかった。心配を掛けて申し訳ない。」

 腰の低い長官だ。長官と言えば政治家同然なのだからもっと踏ん反り返っていそうなものだが・・・。シマロンは何故遺伝子管理局のハイデッカーやボディガードのサルバトーレがこの人に親近感を持って接するのか、わかるような気がした。ケンウッド長官は、

 どこにでもいる小父さんタイプなのだ!

 サルバトーレが苦笑しながら首を振った。

「貴方がご無事なら何も申し上げることはありません。でも、せめて私が起きるまで待って下さいな。」