2020年7月15日水曜日

蛇行する川 1   −17

 遺体の収容は簡単ではなかった。牛の舌に3隻のボートで乗り付けたものの、いざ地面に上がってみると土は4日前の大雨でまだぬかるんでおり、粘土質の粘り気のある泥が足にまとわりついた。鑑識班はこの泥の中から遺留品を探すのか、と泣き言を繰った。恐らく何も出ないだろう、流されてしまったに違いない、と本部から再び出張って来たフォイル刑事が言った。
 遺体は柔らかくなった土の土手にあったので、水の流れに落とさないよう慎重に掘りださなければならなかった。足元の土が崩れるので、作業は危険と隣り合わせだった。シマロンは道案内だけのつもりだったが、結局ボランティアと共に泥だらけになって遺体を水から遠ざける作業に従事した。
 ステラ・カリ警部補は時々泥の中に足を踏み入れ、引き上げられる遺体をチェックした。どんな体勢で埋まっていたのか、服装は、手に何か持っていないか、なんども声をかけて作業を止めたので、鑑識班長が不機嫌になるほどだった。その間部下のフォイルはしっかりした地面に避難して眺めているだけだった。

「あいつ、足を滑らせないかな。」

と鑑識の1人がシマロンに囁きかけた。

「頭から泥に突っ込んでくれたら、こっちの気が晴れるのにな。」
「それなら、ちょっと来てくれ、と声をかければ良いのさ。きっと誰かにぶつかるか、何か引っ掛けるかして転んでくれる。」

 一応ホテルで軽食を仕入れて来たのだが、誰も食欲が出ず、泥まみれの遺体と採取したゴミを袋に入れてボートに乗せたのは昼を1時間も過ぎた頃だった。シマロンはハイデッカーとの約束を思い出し、連絡を取ろうと思ったが、牛の舌は高い崖に挟まれて電波が届きにくい。それに泥まみれの手で端末を触りたくなかったので、船着場まで我慢することにした。
 下りのボートは思ったより速くなかった。昨日より水流の勢いが弱まっていたのだ。仕方なくモーターを起動させて急いでローカッスルの船着場に向かった。

「周りにこれだけ水があるのに・・・」

とカリが呟いた。

「満足に手も洗えないなんて。」
「流れているのは泥水だからね。」

 シマロンは普段なら綺麗な清流なのに、と心の中で悔やんだ。サンダーハウスから来たコロニー人達にもっと綺麗な川を見せてやりたかった。そして死体の出ない牛の舌で上陸して休憩させてやりたかった。ケンウッド博士は別れ際に、いかにも遺伝子学者らしい悔み方をしたのだ。

「あの遺体があった場所なのだが、周囲を高い崖に囲まれているだろう? ああ言う周囲から隔絶された場所には固有の遺伝子を持った生物がいるものなのだよ。」