2020年7月26日日曜日

蛇行する川 4   −6

「ことの起こりは、3年前に宇宙からベルナルド・ザッカレイと言う男が地球に降りて来たことです。これは、連邦捜査局が外交ルートを通じて得た情報ですが・・・」

 いや、シマロンはこの情報を郡警察本部のステラ・カリ警部補から聞かされるより前に、先刻までそこに居た遺伝子管理局長から電話で直接教えてもらったのだ。しかし、さっき遺伝子管理局長はシマロンを目で威嚇した。余計なことを喋るな、とシマロンは言われた気がした。恐らく、局長は宇宙からの情報を正規ルートを通さずに田舎町の保安官に流したので、黙っていて欲しいのだろう、とシマロンは気が付いた。だからさっさと退散した?

「ザッカレイは宇宙での組織犯罪に関する裁判の証人として出廷する予定だったそうです。でも組織の報復を恐れて司法の保護を信用せずに逃亡しました。地球へは組織の末端にいた運送業者に金を握らせて密入国しました。地球では暫く転々と移動していた様ですが、偽造身分証を手に入れると、何処かへ落ち着こうと考える様になりました。その時に手に入れた身分が、18歳で死亡したベルナルド・サンダースのIDです。年齢的には20歳の開きがありますが、ザッカレイはコロニー人ですから、地球人の目には10歳以上は若く見えます。彼はコロニー人と出くわす都会を避け、田舎へ、タンブルウィードへと流れて行きました。
 ここで彼が地球に隠れ住む上で問題が発生しました。彼は最初の重力障害の発作に襲われました。2年半前のことです。」
「その当時既に遺伝子管理局の支局長ハリスは死んでいたのだよな?」

とヤマザキが質問した。

「はい、ハリス支局長は亡くなっていました。しかし、彼が亡くなった後も、彼の行きつけの薬局は重力障害防止の薬『ラクラクスキップ』を仕入れていました。そしてその薬は医師免許を医療ミスで取り消されたホセ・フェルナンデスと言う悪徳医師が購入していました。」
「その医者が『ラクラクスキップ』を購入していた目的は?」
「勿論、ハリス以外のコロニー人がタンブルウィードに居たからですよ、ヤマザキ博士。」

 シマロンはハーローとハイデッカーが調べ上げたのだ、と付け加えてから、続けた。

「フェルナンデスは地球に帰化したコロニー人に相場の3倍の値段で薬を売りつけていました。」
「3倍!」
「それは酷い!」
「ええ、酷い話です。その帰化コロニー人は必要な量を買えずに、結局重力障害が悪化して3年前に亡くなっていました。ザッカレイが地球に逃げて来た頃です。フェルナンデスは薬の在庫を抱えていたのですが、そこに闇ルートで薬を必要とする別のコロニー人が現れました。それがザッカレイです。
 フェルナンデスは相場の5倍の値段で薬をザッカレイに売っていました。これは彼の帳簿に記録されています。ザッカレイの名前は書かれていませんでしたが、逮捕後の尋問でザッカレイ自身が薬の購入を認めました。」
「5倍の値で買わされたと知って、怒っただろうな。」

 ヤマザキが呑気な口調で言った。シマロンとサルバトーレは苦笑したが、ケンウッド博士は痛ましげな目をした。薬を買えずに亡くなった帰化人に同情したのだろう。

「ザッカレイはタンブルウィードでクリアクリークのホテル・モッキングバードが川下りのスタッフを募集していることを知り、田舎の小さな町で静かに暮らすことを思いつきました。川下の船着場の管理人は、ボートの操縦も船頭の仕事もしなくて済みます。客ともあまり言葉を交わす仕事ではありません。川下りの受付はレストハウスの担当だし、客を川上のハイカッスルまで運ぶ時も出来るだけ口を利かなければ良い。後はローカッスルの桟橋で下って来るボートを迎えて、客を下ろすだけです。住む家は前任者が住んでいた家がありますから、そこで寝起きすれば良い。
 クリアクリークの船着場で2年半、ザッカレイはベルナルド・サンダースと言う地球人としてアメリカ市民として静かに暮らしていました。
 しかし、事態が急変します。組織の大物の裁判が宇宙で再開され、司法はもう一度証人としてザッカレイが必要だと考えたのです。それでバウンティハンターのデレク・デンプシーが地球へやって来ました。彼は組織ではなく、司法当局の為に働いていたのです。勿論、非公式ですが。
 デンプシーは、地球に長期滞在するコロニー人が重力障害に罹る危険性を学んでいたので、降り立ったドームシティから順番に薬局を調べて行きました。気が遠くなるような話ですが・・・」
「重力障害の薬を扱う薬局はそんなに多くない。」
「そうです。だからデンプシーは該当する店でただザッカレイの写真を見せて、この人が来なかったか、と尋ねて回っただけでした。」
「しかし、タンブルウィードまで行き着くのは余程の幸運がなければ不可能だ。」

 シマロンの語りに時々言葉を挟むのはヤマザキ博士だ。だがシマロンは不快ではなかった。

「デンプシーは、不幸なことに、幸運に恵まれてしまったんです。」

 シマロンはまだ料理が運ばれて来ないことをちょっと不思議に思いながらも、続けた。

「ローズタウンのある薬局が、薬剤をタンブルウィードへ転送することを、デンプシーに教えたんですよ。でね、デンプシーはその薬局にタンブルウィードにコロニー人がいるのかと尋ね、コロニー人の遺伝子管理局支局長がいた、と聞いたんです。しかも、その支局長は既に亡くなっているのに、まだタンブルウィードのグッディ商会と言う薬局は『ラクラクスキップ』の仕入れを続けていると。」
「デンプシーはグッディ商会がザッカレイに薬を売っていると疑ったのだな。」
「そうです。それでデンプシーは遥々タンブルウィードまで飛びました。グッディ商会は薬を下ろし先だったフェルナンデスが違法な値段で僻地の住人に薬の転売をして捕まったばかりだったので、デンプシーの追求にあっさり応じたのです。」
「それで、デンプシーは君の町クリアクリークへ行った・・・」
「きっとホテルには泊まらなかったのでしょう。宿泊者名簿に彼の名はありませんでした。タンブルウィードからクリアクリークに入ると真っ先に到着するのがローカッスルのサービスエリアです。あそこのレストハウスで町のことを聞けば、大概答えてくれます。
この2、3年のうちに他所から引っ越して来た人がいないか尋ねて、目の前の桟橋で働いている男がそうだと返されたら、まず名前を確かめますね。ザッカレイはファーストネームは本名と同じベルナルドを使っていました。ザッカレイ逮捕後にスタッフがやっと口を割りました。見つかった遺体がデンプシーだとわかって、思い出したと言っていましたが。」
「デンプシーはザッカレイの写真をレストハウスのスタッフに見せなかったのか?」
「目の前の桟橋に行って、自分の目で確認した方が確実でしょう。」

とサルバトーレ。ヤマザキ博士が彼をチラッと見たがコメントしなかった。

「デンプシーとザッカレイは過去個人的に面識があった訳じゃない。恐らく初対面だったから、デンプシーが桟橋に行っても、ザッカレイは追っ手だとは思わなかった筈だ。」

とケンウッド博士。シマロンはケンウッド博士の意見に同意した。

「ザッカレイの自供によると、デンプシーは夜になって彼の家に訪ねて来たそうです。司法当局側のバウンティハンターですから、デンプシーは穏やかに接近してザッカレイに宇宙へ戻って裁判で証言するよう迫りました。このまま隠れていてもいつか地球人でないとバレる、タンブルウィードの薬の密売人が捕まったから、もう重力障害防止薬は手に入らない、地球に隠れていると命を縮める、とザッカレイを説得しようとしたのです。
 しかし、ザッカレイは組織の報復の恐ろしさを知っています。だから彼は宇宙への帰還を拒否しました。するとデンプシーは従わなければ地球の司直の手を借りるまでだと脅したそうです。」
「だから、ザッカレイはデンプシーを殺害した・・・」
「サンダースの家で、犯行は行われました。夜中ですから、レストハウスは営業を終えていて、ローカッスルのサービスエリアは彼等2人だけだったのです。
 ザッカレイはデンプシーの身元がわかる物を全て取り上げ、死体をボートに載せました。川に捨てることも考えたそうですが、浮き上がって来る恐れがあったので、牛の舌に埋めることを思いついたのです。彼は船外機付きボートで川を遡り、牛の舌に死体を下ろしました。当初は崖下に埋めるつもりだったが、土が硬かったので、結局岸辺を掘って埋めました。岸辺の土が脆くて川が増水したら崩れるなんて想像すらしなかったそうです。」
「コロニー人だからね・・・」

 ケンウッド博士が溜め息をついた。

「死体を埋めた後は、流れに乗ってボートでローカッスル迄戻りました。そして何食わぬ顔で船着場で働いていたんです。」
「無口な男であまり印象が残っていないのだが・・・」
「目立たないように努力していたのでしょう。ボディガードの様に。」

 サルバトーレが珍しく言葉を挟んだ。ケンウッド博士が優しい目で彼を見た。

「だが、君はイケメンだからね、静かにしていても目に付くよ。」

 博士はシマロンを見た。

「アキはサンダーハウスで女性研究者達に追いかけられていたのだよ。」
「そんな、大袈裟な・・・」

 精悍な顔を赤く染めて、サルバトーレはシマロンに、早く続きを、と催促した。シマロンは苦笑して続けた。