2020年7月9日木曜日

蛇行する川 1   −5

 サンダーハウスは、シマロンの認識では実験農場だ。3000ヘクタール、クリアクリークの街の5倍もの面積の土地を第2世代アメリカ合衆国とコロニーが共同で大規模な実験に使用している。
 なんでも土地の周囲に1マイルおきに打ち込まれた金属製の杭が発する電磁波で大気中のあらゆるバクテリアやウィルス、細菌を死滅させるのだが、昆虫や鳥類、哺乳類には害がない、そんな場所を創造する実験だと言う。敷地内では普通に家畜が飼育され、耕作もなされている。科学者たちはそこで動物の世話をしたり農業をして、研究の一端としているのだそうだ。
 シマロンにはよくわからない。地球上の多くの生命が絶滅の危機に陥った200年前の大異変より前の世界を取り戻そうとしているのだ、と聞いたこともある。200年前にもバクテリアやウィルスや細菌はいただろうに、と彼は思うのだが、人類の寿命が200年前より短くなっていると聞けば、元に戻してくれるのも良いな、とも思う。昔の世界を取り戻せたら、地球上にはもっと女性が増えて、女性たちはお産の為に遠い東海岸近くのドームに行かなくて済む。そして宇宙とも交易が再開されるだろう。
 宇宙空間に引っ越して大異変を免れた人々の子孫、コロニー人と呼ばれる人々は地球が元どおりになるのを待っている。否、待てないからドームに資金を出し、サンダーハウスのような実験地をいくつも建設して地球の大地と大気の浄化を急がせようとしているのだ。

「サンダーハウスの研究者が遊びに来ているのか?」

とハイデッカーが尋ねた。ヴァンスが「うん」と声を出して答えた。

「あそこはなだらかな丘ばかりだからな、森や川で遊びたくば、ここが一番近いリゾートになるのさ。」

 リゾート地とは言えない田舎町だが、とシマロンは思ったが口に出さなかった。サンダーハウスから遊びに来る研究者たちの多くはコロニー人だ。宇宙で生まれ育った彼等にとって、森の中でキャンプしたりピクニックするのは冒険に感じられるのだろう。川下りなどはもうスリル満点の大冒険だ。勿論、地元の人間にとっても川下りは面白い。ヴァンスのホテル「モッキングバード」には年間を通して週末に予約が入る。夏はなかなか予約が取れないアトラクションとして近郊では有名だ。しかし、今はどちらかと言えば渇水期でオフシーズンだ。それがたまたま3日前に上流で大雨が降り、クリアクリークでも大地が潤った。川は黄色く濁ってグリーンスネイクではなくイエロースネイクになってしまったが水量があるので、ヴァンスは流れの状態を確認してからサンダーハウスから掛かってきた予約申請の電話を受け付けたのだ。

「死体がどんな状況かわからんが、お客さんに不愉快な思いをさせちまったようだ。」

 とヴァンスがぼやいた。客商売だから、風評を気にする。もっとも時間がたてば死体発見現場が観光スポットになってしまうかも知れないが。
 パイロットがそこで初めて声を出した。

「川が見えてきましたぜ!」