2020年7月19日日曜日

蛇行する川 2   −9

「俺に捜査権はないんだが、遺体の死因とか年齢とか人種は教えてもらえないだろうか。身元調査する必要があると思うのでな。」
「いずれ郡警察から身元調査の要請が行くだろうが・・・」

 ハイデッカーはフォイルの様な意地悪な男ではない。DNA鑑定の際に判明したことと検屍官から知り得たことを教えてくれた。

「遺体は白人、男性、年齢は・・・推定55歳、しかしコロニー人であった場合は見た目は30代半ばだったかも知れない。髪の色は赤茶色、目はグレー、死因は頭蓋骨の陥没から診て、鈍器による右後頭部殴打による脳の損傷・・・背後から殴られていたから犯人は右利きだな。」

 シマロンはポケットの中を探った。あの薬剤包装のゴミはなかった。ケンウッド博士のシャツのポケットの中だ。

「ジェラルド、その遺体は何時頃から牛の舌にあったのだろう?」
「それは専門家に聞かないと・・・ただ遺体は死後一ヶ月は経っているそうだ。」
「もし、その遺体が生前何か毎日薬を服用していたら、わかるかな?」
「それも専門家に聞いてくれ。」

 ハイデッカーは面倒臭そうに答えた。

「捜査権がないのに熱心に訊くんだな。」
「そりゃ、俺の事務所の管轄内で発見された遺体だからな。気になるさ。水に流されて付いた傷はなかったんだな?」
「皮膚の状態を僕は診た訳じゃないから。」

 遺伝子管理局はDNA分析をするだけだ。検視室に入ることはあっても解剖などには立ち会わない。検査用の検体細胞をもらうとすぐに外に出てしまう。誰だって遺体を見るのは嫌だからな、とシマロンは苦笑した。遺体の詳細を知りたければカリ警部補に聞いた方が良いだろう。フォイル刑事には絶対頼みたくない。
 ハイデッカーとの通話を終えたところにケンウッド博士が戻って来た。従業員と話し込んでしまった、と時間がかかったことを言い訳した。

「このホテルがロボットのボーイを使わないのは雇用促進のためなんだね。」
「それにロボットのリース料の手続きが面倒だからですよ。」

とハーローが訳知り顔で言った。

「掃除やら消毒やら、作業の目的毎に契約しなきゃいけないんです。そう言う会社しかこの辺りになくてね。」
「でも人件費に比べれば安いだろう?」
「大きなホテルなら安くて便利でしょうけど、ここの様な規模じゃ人間を使っても変わらないんですよ。」

 ハーローが説明した。

「働く場所があるから人が集まって来る、良いことでしょ、博士?」
「そうだね。」

 ケンウッド博士は納得がいったと言う顔をした。

「宇宙にある何でもかんでもロボットに任せっきりのホテルなんかより、私はここの方がずっと好きだよ。温かいし、ホッとする。」

 そしてシマロンに向き直った。

「遺伝子管理局はもう遺体のDNA鑑定を済ませただろうか?」
「丁度今さっきまでハイデッカー氏とその話をしていたんですよ。」

 シマロンは端末をちらりと見せた。知りたいですか?と目で問うと、博士が悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「警察の情報を私が聞くのは不味いんじゃないかな。」