2020年7月16日木曜日

蛇行する川 1   −18

 ローカッスルの船着場でやっと清潔な水で手を洗うことが出来た。ホースで頭から水を被る者もいたほどだ。船着場の管理人ベルナルド・サンダースは良い顔をしなかったが、泥だらけの男達が20人近く桟橋や小屋を歩き回るよりは水を使われる方がましだと思ったのだろう、黙っていた。
 船着場で待っていたハーローがボランティアの人員点呼を取り、全員無事に帰還したことを確認して帰宅させた。
 鑑識班と郡警察から来た応援も泥だらけのまま帰る支度だ。

「遺伝子管理局には本部へ足を運んでもらうわ。」

とカリがシマロンに言った。彼女は手が綺麗になるとシマロンより先に電話をかけたのだ。検視局で洗浄してからDNA鑑定をしてもらった方が精度は高いだろう。
 保安官事務所の役目はこれで終わりだ。行方不明者の届出が出ていないか、上流で何か見つからないか、確認作業をする、それだけがシマロンに課せられた仕事だった。
 他所から来た人々が去って行くと、既に夕方だった。シマロンはドッと疲れを感じた。昼ごはんも食べていない。ハーローが声をかけてきた。

「自宅で着替えて下さいよ、一緒に晩飯でもどうです?」

 シマロンは苦笑いした。

「いいね、だが近所の店にしようぜ。俺は早くベッドに入りたいよ。」

 自家用車の運転席が泥だらけになったが、文句は言えなかった。帰宅するとまっすぐガレージの屋外水栓を開いて着衣ごと水浴びして泥を落としてから中に入った。着ていた服を全部脱いで洗濯機に放り込み、シャワーを浴びた。頭から泥に突っ込んだ覚えはなかったが、髪の毛にも泥が付いていた。遺体を掘り起こす時に飛び散った泥だろう。思い切り石鹸を付けて頭のてっぺんから足の爪先までこすった。
 新しいシャツとジーンズに着替えて1時間後に居酒屋「びっくりラビット」でハーローと落ち合った。他にもボランティアに参加していた男達数名がいて、結局その日の作業の思い出話と郡警察本部の人間の悪口で盛り上がった。一番人気があったのはロバート・フォイル刑事の悪口で、誰からも良く思われていないことが判明した。

「あいつ、身内からも嫌われているらしいぜ。」

と鑑識班と一緒に作業した男が言った。

「制服や内勤の職員を見下すんだってよ。」
「あいつ、きっとママに可愛がられて育った口だな。」

 母親がいる人間は裕福な家庭出身が多い。何故か女性は裕福な家庭に生まれる確率が高いので、その様な家庭で育った男達は養子として育った人を見下す傾向があると考えられているのだ。もちろん、女性は普通の家庭でも生まれているのだが、何故か貧困者が多い地域には生まれない。そもそも貧困者の街に女性そのものがいないのだ。
 カリ警部補の評判は良かった。但し、女としてではなく、リーダーとしての資質だ。色気がなかったと言う感想はあった。もっとも遺体回収現場で色気を振りまくおバカさんだったら警部補まで昇進しないだろう。
 シマロンは空腹のうちにビールを飲んでしまったので早く酔いが回った。仲間がまだ騒いでいるうちに、その日の労をねぎらう挨拶を簡単に済ませて、ハーローに後を任せ、歩いて帰宅した。
 寝室に入ると靴だけ脱いでベッドに体を投げ出し、そのまま眠りについた。