シマロンがコロニー人の野歩きに付き合うのはこれが初めてではない。護衛付きでないと嫌だとゴネる輩がたまにいて、ヴァンスに時々依頼されるのだ。クリアクリークは平和な町だし、ヴァンスから「特別手当」が出るので、シマロンは拒まないし、ハーローも文句を言わない。ハーローが付いて行くこともあるのだ。ただ、そう言うコロニー人は結構我儘で、草木をやたらと傷つけたりするので、注意しなければならない。喧嘩になりそうな時はこっちが警察だと言うことを思い出させる。「地球人保護法」に違反すれば地球から退去しなければならないし、2度と地球上陸許可が降りなくなるから、ビジネスで来るコロニー人は殊勝にも従ってくれる。面倒なのはしがらみのない観光客で、「地球人保護法」違反がどんなに厄介な事態に進展するのか理解していない。地球退去の際に宇宙軍の一部であり月に本部を置く地球周回軌道防衛隊憲兵隊に連行されるに及んで初めて自分が犯罪者として扱われていることに気がつくのだ。
ケンウッド博士はお行儀の良いコロニー人のお手本みたいな人だった。ゴミとなった空のコーヒー容器をずっと片手に持ったまま、探し物をした。草を搔きわける時は植物を痛めないよう注意を払った。シマロンも博士に倣って慎重に薮の中を覗き込んだ。
ミントの群生地に到達してしゃがみこんで草をかき分けていると、シマロンの目に銀色に光る物が入って来た。そっと葉っぱを退けると赤い石が付いた小さな指輪が転がっていた。
「ありました、博士! 見つけましたよ!」
思わず声を上げると、ケンウッド博士が「おお!」と嬉しそうに声を出して振り向いた。
「やはりここで落としたのか! 有難う、保安官!」
博士とシマロンは殆ど同時に立ち上がった。時刻は既に昼前になっていた。
シマロンが拾った指輪を見せると、ケンウッド博士はそれを受け取り、愛おしそうに眺めた。
「ああ良かった、これでニコ小父さんなんて大嫌い、って言われずに済むよ。」
「俺もお役に立てて嬉しいですよ。」
「こんなつまらない物の為に君の時間を使わせてすまなかった。」
「とんでもない、楽しかったですよ。貴方とお話しするのは面白い。」
ケンウッド博士は指輪をハンカチで包んで胸ポケットではなくシャツの裏側に付いている内ポケットに入れた。それから一旦地面に置いたゴミを拾い上げて、何かに気が付いた。
「ゴミが落ちている。拾っておこう・・・」
彼は数歩横に歩いて、草の上から指輪と同じ大きさの銀色の物を摘み上げた。シマロンが気にしないでおこうと思ったのに、博士が「あれ?」と呟いた。
「我々以外にも最近コロニー人が来たのかね?」
「コロニーからの観光客はたまに来ますが・・・最近とは?」
「恐らく、君たちが言っていた大雨が降った後だよ。」
博士は拾い上げた物をシマロンに見せた。それは銀色のPTPシートのカケラで珍しくもなんともない。これが何か? とシマロンは怪訝に感じて博士の顔を見た。ケンウッド博士が説明した。
「これは、地球に長期滞在するコロニー人が服用する重力障害対策の薬剤の包装だよ。地球人は服用しない。飲んでも意味がないし却って健康に良くない。だが、事情があって重力休暇を取れないコロニー人が健康維持の為に必要な薬なんだ。」
そのPTPは汚れていなかった。大雨の前に落ちていたら流されて地面に落ちたか土の中に入り込んでしまったかも知れない。それに、中に入っていた薬を取り出した跡がまだ新しい感触だった。
「コロニー人の観光客がいたかどうか、ヴァンスに聞けばわかります。でも、どうして気になるんです?」
「だって・・・」
ケンウッド博士はブツブツ言った。
「地球にゴミを捨てるなんて、けしからんじゃないか。」