2020年7月11日土曜日

蛇行する川 1   −7

 ローカッスル船着場へ静音ヘリは名前の通り静かに着陸した。船着場は船の停泊場所だけでなく川に沿って伸びるハイウェイのサービスエリアでもある。数台の車がレストハウスの前に駐車していた。ヘリは空いている駐車場のど真ん中に降りた。スペースがあるので車の邪魔にはならないだろう。
 シマロンとヴァンスはヘリのモーターが停止するのを待たずに地面に降りた。身を低くして船着場に向かって走った。
 船着場には小屋があり、スリット式の壁が設置されている。風通しを良くするためのもので、可動式だ。その日は半分ほどの角度で開いていたが、外から中は覗けなかった。川に面した入り口に回ると、中に7人の人間がいた。一人は医師のアラン・レオーで、もう一人は保安官助手兼秘書のマイケル・ハーローだ。入り口のすぐ内にいるのは船頭のアンドレア・(アンディ)ウィルソンと船着場の管理人ベルナルド・サンダースだった。残りの3人はシマロンが知らない顔で、うち一人は女性だった。サンダーハウスから来たホテルの客だろう。
 シマロンが現れると、それまで言葉を交わしていたレオーと客の女性が会話を止めて振り返った。シマロンはドキリとした。女性が美しかったからだ。ダークブラウンの髪をひっつめているが、白い肌はツヤツヤしているし、茶色の目も輝いている。利発そうなその表情はアンソニー・シマロンの心を一瞬にして鷲掴みにした。
 その場に立ち竦んでしまったシマロンの横をヴァンスがすり抜けた。ホテルのオーナーとして客に声をかけた。

「皆さん、ご無事に着かれて良かったです。」
「面白い川下りでした。」

と女性の隣に座っている中年の男が答えた。少し額が広いがまだ明るい茶色の髪がフサフサしている男だ。年齢はシマロンの父より若く見えたが落ち着いた雰囲気だ。サンダーハウスから来たのなら、コロニー人である可能性が高く、中年のコロニー人ならば見た目の年齢に10から20は足した方が良いだろう。

 ならば70か80の爺さんか?

 このコロニー人の男性はいかにも学者の雰囲気の高い知性を感じさせる目をしていたが、決して冷たい印象ではなかった。優しい光を湛えながらヴァンスを見て、それからシマロンに視線を移した。
 ハーローが紹介した。

「正保安官のアンソニー・シマロンです。保安官、こちらはサンダーハウスから来られたケンウッド博士、セッパー博士、それからサルバトーレ氏です。」

 シマロンは小屋の一番薄暗い位置に立っていた長身の若い男に気が付いた。かなり背が高いのにまるでそれまで気配を感じさせないほど静かにそこに立っていた男は、生粋のアメリカ先住民の顔をしていた。

 サンダーハウスで働いている地球人の学者なのか?

 しかしハーローは紹介に彼だけ博士を付けなかった。
 シマロンはハーローの咳払いで我に還り、3人のボートの客と挨拶を交わした。

「クリアクリークにようこそ! 川下りで不愉快な思いをされたのではありませんか?」

 3人の誰にともなく声をかけた。セッパー博士と呼ばれた女性が首を振り、ケンウッド博士を振り返った。

「不愉快だなんて、ねぇ、ニコ、びっくりしただけよね。」

 ちょっと甘えた声音だ。良く見ると、彼女はまだ少女の面影が残る若さだった。もしかするとまだ未成年かも知れない。コロニー人の年齢は良くわからないが、頭脳明晰で成績優秀ならば未成年でも博士になれる筈だ。シマロンのように勉強が苦手の人間には縁遠い世界だが。
 ケンウッド博士は優しく彼女に返した。

「保安官は私達を気遣ってくれているのだ、失礼な態度はいけないよ、シュリー。」
「あらっ! 私、失礼したかしら?」

 とセッパー博士は後ろの長身の先住民の男性を振り返った。

「サルバトーレさん、私、失礼な態度を取りました?」

 サルバトーレが苦笑した。そして兄が妹に言って聞かせるような優しい声で言った。

「保安官にお尋ねなさい、セッパー博士。」

 セッパー博士がこちらを見たので、シマロンはまたドギマギした。彼は力を振り絞って言った。

「ちっとも失礼ではないですよ、セッパー博士。川下りを楽しんでいただけたようですね。」