2020年7月20日月曜日

蛇行する川 3   −1

 ジョン・ヴァンスから電話が掛かってきたのはその日の夕方だった。シマロンが夜勤の弁当を「びっくりラビット」で仕入れて事務所に戻ると、ハーローが電話口に出ていた。

「あっ、帰って来ました。代わります。」

 彼はシマロンに、ホテルの社長からですよと言って、転送した。シマロンは執務机の上の電話を取った。

「ヨオ、ジョン。端末に掛ければ良いのに。どうした?」
「別に急用じゃないんだが。サンダーハウスの客人がまた来たと従業員から聞いたので、何かあったのかと心配になったのさ。あの胸糞の悪い死体に関係することかとね。」
「ああ・・・」

 捜査状況を民間人には話せない。例え幼馴染の親友でも。
 シマロンは当たり障りのない返答をした。

「ケンウッド博士が昨日の朝の散歩の時に森で落し物をしたので探しに来たんだ。俺は彼のボディガードが到着する迄博士のお供をしたまでだよ。森で迷子になられると困るからな。」
「落し物?」
「うん。博士に取っては宝物だ。子供の玩具だが。」
「例の騒ぎには関係ない?」
「ない。」

 ないことにしておこう。博士は捜査に関するヒントをくれたが、それを電話でヴァンスに語る必要はない。

「博士はもう帰ったのか?」
「うん、ボディガード共々帰った。」
「泊まって行けば良いのに。」

 ホテル経営者らしいコメントだ。シマロンは笑った。

「明日はもう東部に帰るそうだからゆっくりしていられないのだろう。」
「博士にここの土地のPRを頼みたかったんだがな。」

 ヴァンスも笑って、晩飯は済ませたかと訊いた。シマロンが買って来たところだと言ったら、それじゃ後でそっちへ行くよと言って、ヴァンスは電話を切った。
 ハーローが帰り支度をしながら、シマロンにヴァンスが来るのかと尋ねた。

「来ると言っていた。彼は世間話をしたいのさ。社長が従業員相手に喋って仕事の邪魔をする訳に行かないからな。」
「それじゃ、来月の第3日曜日の夜にレストランを貸し切れないか訊いて下さい。友達の結婚披露パーティーをする場所を確保しておきたいので。」
「誰が結婚するんだ?」
「高校時代の同級生のラリー・ベンソンです。」

 シマロンは思い浮かべようとしたが、無駄だった。町外の住人で年代も下の人間は記憶になかった。

「俺の知らない男だな。俺はパーティに出なくても済むんだろ?」
「強制はしませんが、自由参加です。参加費は当日集めます。」
「行かない。」

 2人は笑った。そしてシマロンは日付を確認してレストランの予約を取る約束をした。
 ハーローが帰宅して1時間ほどしてからジョン・ヴァンスがビールを数本手土産に現れた。シマロンは勤務中だと言いつつ、1本だけ手に取った。

「忘れんうちに頼むよ、ハーローが友達の結婚披露パーティーでお宅のレストランを貸し切りたいと言っている。」
「いつだ?」
「来月の第3日曜日の夜。」

 ヴァンスが端末を出してホテルの予約状況を確認した。日付を確かめ、ちょいちょいと操作した。

「よし、取っておいたぞ。これが有名リゾート地だとこうはいかん。半年先まで予約が入っているからな。」

 自嘲気味に笑って、彼はシマロンの机の向かいに座った。

「なぁ、本当のことを教えろよ。コロニー人の博士は何をしに来たんだ?」