2020年7月19日日曜日

蛇行する川 2   −12

 サルバトーレも起きてきたので、ハーローがコーヒーを淹れていると業務用コンピューターに郡警察本部から遺体となったコロニー人の資料が送られてきた。写真、経歴、遺伝的特徴、地球に来る直前の出発地、乗った宇宙船、ドーム空港で撮影された防犯カメラの映像、等々。シマロンは顔写真と身体的特徴を端末に保存した。他の情報は足取り調査に必要と思えなかった。

「殺人の可能性がある。このデレク・デンプシーが追いかけて来た賞金首の人物が彼を殺害して牛の舌に埋めたと思われるから、聞き込みは慎重に行ってくれ。」

 シマロンがハーローの端末に情報を転送していると、サルバトーレが言った。

「犯人は牛の舌に死体を埋めれば誰にも発見されないと思ったのかな。」
「多分ね。」

 シマロンは壁の地図を見た。蛇行するグリーンスネイク川が青く描かれている。牛の舌は大きくヘアピンカーブになっていた。

「地図で見れば川岸に陸から簡単に行けそうに見えるが、実際の崖はもう少しこちらにある。崖には降りるルートがない。川原に行くには川を下って船で行くしかない。あそこの土が人力で掘れる固さだと知っているのは、実際にあの場所に上陸したことがある人間だけだ。」

 地元の住民が犯人なのか? シマロンは嫌な気分になった。この町は彼が育った町だ。ハーローもヴァンスもここの出身だ。親しくない人でも子供の頃からの顔馴染みばかりだ。そんな小さなコミュニティで殺人事件が起きたなど考えたくもない。
 するとケンウッド博士が宇宙育ちとは思えない意見を出した。

「その遺体を埋めた人物は、大雨が降ると川が増水して遺体に被せた土が流されると予想しなかったのだろうね。」

 シマロンは思わず彼を振り返った。

「川の増水を予想出来なかった、ですって?」
「増水は予想出来ても、土が流されることを想像出来なかったのだよ。」

 博士は言った。

「コロニー人は雨に慣れていないから、雨が降ると地面にどんな現象が起きるのか、興味を抱いて眺めるんだ。少なくとも、私が働いているドームでは、殆どのコロニー人が着任して暫くは雨が降ると外が見える場所に行って見物している。地面に水の流れが出来ると、細い流れでも『川だ』と喜んでいる。だがドームの周囲で大量の土砂が流されることはない。大きな川はないし、地面は平だからね。水の力で地面が崩れたり流されることがあるなんて、皆想像出来ないのだ。」

 彼は言い訳した。

「だから、川下りのボートから遺体の腕が見えた時、私は何故そこにあんな物があるのか、すぐには理解出来なかった。シュリーもわからなかったし、サルバトーレも都会育ちだからそれが埋められた物が露出しているとわからなかった筈だ。」

 サルバトーレが素直に認めた。

「自分が見ている物が何なのか理解するのに時間がかかりましたね。」
「つまり?」

 シマロンは博士の結論を待った。ケンウッド博士はちょっと考えてからまとめた。

「君の意見と私の考えを総合してみるに、木星の賞金稼ぎをあそこに埋めた人物は、あの場所に人が容易に近づけないこと、掘りやすい固さの土であることを知っている。しかし、川が増水すれば土が流れることを予想出来ずに遺体を埋めた。そして私はこの2、3日の間に捨てられたと思える重力障害の薬剤の包装ゴミを拾った。」
「・・・と言うことは、犯人は?」
「川下りをした経験があるコロニー人だね。しかも長期滞在しているが、誰もその人がコロニー人だとは知らない。」

 シマロンとハーローは互いの顔を見合った。

「マイケル、重力障害の薬剤が手に入る薬局を探してくれ。デンプシーの写真を見せて、彼が薬を購入した人を探していなかったか訊くんだ。」
「わかりました。」

 ハーローは自身の机のコンピューターに向かった。最寄りの薬局から順番に質問状を送りつけるのだ。
 シマロンはちょっと考えてから、コロニーから地球に送られて来る犯罪者指名手配掲示板にアクセスした。想像したより多くの名前がズラリと出てきて、一瞬退いてしまったが。