2020年7月11日土曜日

蛇行する川 1   −8

「報告しても良いですか?」

 ハーローが遠慮がちに声をかけてきた。シマロンが振り返ったので、彼は端末に記録したボートの客と乗員の証言を読み上げた。

「ボートが牛の舌に差し掛かったところで、セッパー博士が岸辺の土手から突き出していた腕に気が付いたそうです。」
「あれ、手じゃない? って聞いたの。」

とセッパー博士が言葉を挟み、黙っていなさい、とケンウッド博士に注意された。シマロンは静かにしていられないセッパー博士の若さを微笑ましく感じた。この女性は本当にまだ子供なのだ。

「人間の手だとわかったのですね?」

と彼が質問した直後だった。小屋の入り口で大きな声を出した者がいた。

「アキ! アキ・サルバトーレじゃないか!」

 小屋の中の一同が振り返ると、入り口にジェラルド・ハイデッカーが立っていた。綺麗好きな彼のジャンプスーツはすっかり埃まみれになっていた。小屋の一番奥に立っていたサルバトーレが答える前に、また別の人物が声を上げた。

「ヤァ、ハイデッカー! 元気だったか?!」

 ケンウッド博士が立ち上がった。立ち上がると、この小父さんは想像したより背が高かった。すらりと背筋の伸びた人だ。コロニー人の多くは地球の重力に耐えられないナヨナヨとした筋肉の肉体をしているが、この小父さんはしっかりとした筋肉質の体型だった。
 ハイデッカーが目を丸くした。

「え? ケ・・・ケンウッド長官?」

 ケンウッドが素早く動いてシマロンの横をすり抜け、ハイデッカーをガシッと抱きしめた。

「懐かしいなぁ、2年ぶりかな? 元気に働いているようだね!」

 振り返ったシマロンはケンウッド博士がハイデッカーの耳元で何やら囁くのを目撃したが、言葉は聞き取れなかった。ハイデッカーが博士にハグで返した。

「貴方もお元気そうで何よりです、博士。」

 サルバトーレも隅っこから出て来てハイデッカーとケンウッド博士の横に立った。博士がハイデッカーを解放すると、今度はサルバトーレが彼の手を両手で握った。

「ヤァ、久しぶり!」
「久しぶり!」

 ヴァンスが尋ねた。

「お知り合いでしたか?」

 ハイデッカーがサルバトーレから離れて頷いた。

「僕がタンブルウィードに赴任する前の職場で世話になった人たちだ。」

 そしてケンウッド博士とサルバトーレを振り返った。

「まさかサンダーハウスから来た客が貴方達とはね!」

 ケンウッド博士がハイデッカーに尋ねた。

「つまり、君はDNA鑑定の為に呼ばれたのかな?」
「ええ、そうなんです。」

 ハイデッカーはシマロン達と接する時と違って、ケンウッド博士には丁寧に接した。

「でも遺体の回収はこれからなので、先に発見時の事情聴取にご協力願います。」
「発見時の事情と言ってもね・・・」

とそれまで男たちに無視されていたセッパー博士が苦笑した。

「私が土手から突き出していた手を見て騒いだので、船頭さんがボートを停めて、暫くは見えている物を皆で眺めました。それから人間の遺体だろうと判断して、船頭さんが警察に連絡しました。」
「正確には、社長に連絡したんだ。」

とアンディ・ウィルソンがシマロンに告げた。

「見えている物が遺体の一部だってわかったものの、どうしたものか判断つかなくってね。それで電話したら、社長が、遺体は動かないから兎に角お客様を安全な場所までお連れしろって、指示をくれたんで、それで川を下ってここへ戻って来たんです。」

 彼はシマロンに、それだけですよ、と言って締めくくった。