シマロンが昼寝から覚めると、まだ日は高く、クリアクリークの町は気温が上がって気怠い空気が漂っていた。週末になればまた観光客がやって来て通りは賑やかになるのだが、平日は静かだ。子供達が乗ったスクールバスが町に入ってきた。子供の数が少ないので10歳以上は隣町の学校へ行かなければならない。だが子供達はバス通学の年齢になるとちょっぴり大人になった気分になるのだ。
シマロンは子供達がバスから降りて迎えの親の車に乗り込むのを眺めた。迎えが来ていない子供は家が近いのだ。友達とふざけながら通りを歩いて帰る。顔馴染みの大人達が微笑ましくそれを見守る。シマロンは家がバス停のすぐそばだったので、親のお迎えもふざけて帰る道も経験出来なかった。その代わり、迎えの親が遅れ、歩いて帰れない友人達が彼の家に来た。シマロンの父親はケチだったから友人達のオヤツは用意してくれなかった。だが何人でも部屋に入って床に腹這いになって勉強することは大目に見てくれた。
友人達が帰ってしまうと、シマロンは父親が仕事から帰るまでに1人で夕食の下ごしらえをして、父親が戻ると料理してくれるのを横から眺めて楽しんだ。下ごしらえの手際が良いと褒めてもらえたし、一緒にテレビを見て一日の出来事を聞いてもらった。
ノスタルジーに浸っているシマロンの端末に電話が掛かってきた。シマロンは現実に引き戻された。電話はハーローからだった。
「保安官、ビンゴですよ!」
と画面の中でハーローが興奮気味に言った。
「死んだ遺伝子管理局の支局長に重力障害の薬を売っていた店が、今もその薬を扱っていて、仕入元がローズタウンの店だったんです。」
シマロンが何も言い返さないのを気にせずに彼は続けた。
「そのグッディ商会って薬局なんですが、現在の顧客の名前を教えてくれました。遺伝子管理局の威光って凄いですね! ピアーズさんの名刺を見せたら、守秘義務なんて吹っ飛んでしまいましたよ。」
「マイケル、ちょっと待ってくれ。」
ハーローが早口なのでシマロンの頭がついていかない。
「最初から順番に説明してくれないか?」
「ええっと・・・」
ハーローはちょっと黙り込んでから、話し始めた。
「元支局長代理のピアーズさんとお会いしたんです。ランチをご馳走になっちゃって・・・あ、それは忘れて下さい。それでピアーズさんが亡くなったコロニー人の元支局長が利用していた薬局を遺伝子管理局の本部局員に訊いてくれて、支局の近所にあるグッディ商会だって教えてくれたんです。」
本部局員まで巻き込んだのか。シマロンはどんどん捜査が広がって行くような感じを覚えた。昼寝前は局長が電話して来たのだ。
「それで、グッディ商会が薬の購入者の名前を教えてくれたのか?」
「そうです。初めは守秘義務とかなんとか、他の店と同じ言い訳で渋ってましたけど、ピアーズさんがくれた名刺を見せたら、急に態度が変わって喋ってくれたんです。」
「購入者の名前は?」
「それがですね、ホセ・フェルナンデスって男なんです。」
「はぁ?」
予想外の初耳の名前に、思わずシマロンは間の抜けた声を上げてしまった。
「誰だ、それ?」
「俺も誰なのかわかんなくて、思わずコロニー人ですか、って訊いたんです。」
「コロニー人だろう?」
「違うんです。」
「違う?」
「医者なんです。地球人の・・・」
「確かか?」
「ええ、実は今、遺伝子管理局の支局にいるんです。ホセ・フェルナンデスのことを調べてもらって・・・」
その時、ハーローの端末を横から奪った男がいた。ジェラルド・ハイデッカーだった。
画面いっぱいに顔を写して、タンブルウィード支局長がシマロンに向かって言った。
「ホセ・フェルナンデスはハリスが生きている頃は医者だった。ブリトニー嬢が支局長代理の時も医者だった。その頃は重力障害に悩んでいるコロニー人に薬を売っていた。但し、そのコロニー人は3年前に死んでいる。」
「死んだ?」
「重力障害でな。」
「だが、薬を買っていたんだろ?」
「フェルナンデスは仕入れの3倍の値段で売りつけていたんだ。だから、そのコロニー人は支払いに困って服用間隔をどんどん伸ばして行った。そして心臓が弱って死んだ。」
「薬を買えなくなって死んだのか・・・」
「そうだ。死亡届けを受け付けたのは支局で、当時はブリトニー嬢が支局長代理だったが、そんな事情だとはわからないから、地球に帰化したコロニー人が早死にした気の毒なケースだとしか誰も思わなかった。その後、フェルナンデスは医療ミスで医師免許を取り消された。赤ん坊の注射に用いる薬剤の量を間違えた。死亡届を見たブリトニー嬢が激怒して警察に通報したのさ。」
「免許を失ったフェルナンデスが、まだ重力障害防止の薬剤を購入し続けていたのか?」
「そうだ。薬局はフェルナンデスの資格喪失を知っていたが、薬の販売は続けていた。フェルナンデスは交通の不便な土地に住んでいる住民に水増しした値段で薬を転売していた。」
「酷い話だ。」
ハーローがなんとかハイデッカーから端末を奪い返した。
「そう、酷い話なんです。しかもそれが発覚したのは半年前だって言うんですよ。」
「それじゃ・・・」
「フェルナンデスは半年前に逮捕されて今はダラス近郊の刑務所の中です。」
「それじゃ・・・」
「フェルナンデスの帳簿を調べたら、1年前に『ラクラクスキップ』を2年分買った人物がいました。」
「2年分?」
「3年前に仕入れた薬が購入者が亡くなったので、在庫が2年分あったんです。それを一括で大人買いした客がいたってことです。」
横でハイデッカーが「馬鹿だよな」と言うのが聞こえた。
「どんな薬でも消費期限ってあるんだよ。3年前の薬が今効くとでも思ってるのかね。」
シマロンは薬の効力期限などどうでも良かった。
「その大人買いした客の名前は?」
「それが・・・」
ハーローは困った顔をした。
「キャッシュで大人買いだったんで、客の名前は記録されていないんです。」
シマロンは子供達がバスから降りて迎えの親の車に乗り込むのを眺めた。迎えが来ていない子供は家が近いのだ。友達とふざけながら通りを歩いて帰る。顔馴染みの大人達が微笑ましくそれを見守る。シマロンは家がバス停のすぐそばだったので、親のお迎えもふざけて帰る道も経験出来なかった。その代わり、迎えの親が遅れ、歩いて帰れない友人達が彼の家に来た。シマロンの父親はケチだったから友人達のオヤツは用意してくれなかった。だが何人でも部屋に入って床に腹這いになって勉強することは大目に見てくれた。
友人達が帰ってしまうと、シマロンは父親が仕事から帰るまでに1人で夕食の下ごしらえをして、父親が戻ると料理してくれるのを横から眺めて楽しんだ。下ごしらえの手際が良いと褒めてもらえたし、一緒にテレビを見て一日の出来事を聞いてもらった。
ノスタルジーに浸っているシマロンの端末に電話が掛かってきた。シマロンは現実に引き戻された。電話はハーローからだった。
「保安官、ビンゴですよ!」
と画面の中でハーローが興奮気味に言った。
「死んだ遺伝子管理局の支局長に重力障害の薬を売っていた店が、今もその薬を扱っていて、仕入元がローズタウンの店だったんです。」
シマロンが何も言い返さないのを気にせずに彼は続けた。
「そのグッディ商会って薬局なんですが、現在の顧客の名前を教えてくれました。遺伝子管理局の威光って凄いですね! ピアーズさんの名刺を見せたら、守秘義務なんて吹っ飛んでしまいましたよ。」
「マイケル、ちょっと待ってくれ。」
ハーローが早口なのでシマロンの頭がついていかない。
「最初から順番に説明してくれないか?」
「ええっと・・・」
ハーローはちょっと黙り込んでから、話し始めた。
「元支局長代理のピアーズさんとお会いしたんです。ランチをご馳走になっちゃって・・・あ、それは忘れて下さい。それでピアーズさんが亡くなったコロニー人の元支局長が利用していた薬局を遺伝子管理局の本部局員に訊いてくれて、支局の近所にあるグッディ商会だって教えてくれたんです。」
本部局員まで巻き込んだのか。シマロンはどんどん捜査が広がって行くような感じを覚えた。昼寝前は局長が電話して来たのだ。
「それで、グッディ商会が薬の購入者の名前を教えてくれたのか?」
「そうです。初めは守秘義務とかなんとか、他の店と同じ言い訳で渋ってましたけど、ピアーズさんがくれた名刺を見せたら、急に態度が変わって喋ってくれたんです。」
「購入者の名前は?」
「それがですね、ホセ・フェルナンデスって男なんです。」
「はぁ?」
予想外の初耳の名前に、思わずシマロンは間の抜けた声を上げてしまった。
「誰だ、それ?」
「俺も誰なのかわかんなくて、思わずコロニー人ですか、って訊いたんです。」
「コロニー人だろう?」
「違うんです。」
「違う?」
「医者なんです。地球人の・・・」
「確かか?」
「ええ、実は今、遺伝子管理局の支局にいるんです。ホセ・フェルナンデスのことを調べてもらって・・・」
その時、ハーローの端末を横から奪った男がいた。ジェラルド・ハイデッカーだった。
画面いっぱいに顔を写して、タンブルウィード支局長がシマロンに向かって言った。
「ホセ・フェルナンデスはハリスが生きている頃は医者だった。ブリトニー嬢が支局長代理の時も医者だった。その頃は重力障害に悩んでいるコロニー人に薬を売っていた。但し、そのコロニー人は3年前に死んでいる。」
「死んだ?」
「重力障害でな。」
「だが、薬を買っていたんだろ?」
「フェルナンデスは仕入れの3倍の値段で売りつけていたんだ。だから、そのコロニー人は支払いに困って服用間隔をどんどん伸ばして行った。そして心臓が弱って死んだ。」
「薬を買えなくなって死んだのか・・・」
「そうだ。死亡届けを受け付けたのは支局で、当時はブリトニー嬢が支局長代理だったが、そんな事情だとはわからないから、地球に帰化したコロニー人が早死にした気の毒なケースだとしか誰も思わなかった。その後、フェルナンデスは医療ミスで医師免許を取り消された。赤ん坊の注射に用いる薬剤の量を間違えた。死亡届を見たブリトニー嬢が激怒して警察に通報したのさ。」
「免許を失ったフェルナンデスが、まだ重力障害防止の薬剤を購入し続けていたのか?」
「そうだ。薬局はフェルナンデスの資格喪失を知っていたが、薬の販売は続けていた。フェルナンデスは交通の不便な土地に住んでいる住民に水増しした値段で薬を転売していた。」
「酷い話だ。」
ハーローがなんとかハイデッカーから端末を奪い返した。
「そう、酷い話なんです。しかもそれが発覚したのは半年前だって言うんですよ。」
「それじゃ・・・」
「フェルナンデスは半年前に逮捕されて今はダラス近郊の刑務所の中です。」
「それじゃ・・・」
「フェルナンデスの帳簿を調べたら、1年前に『ラクラクスキップ』を2年分買った人物がいました。」
「2年分?」
「3年前に仕入れた薬が購入者が亡くなったので、在庫が2年分あったんです。それを一括で大人買いした客がいたってことです。」
横でハイデッカーが「馬鹿だよな」と言うのが聞こえた。
「どんな薬でも消費期限ってあるんだよ。3年前の薬が今効くとでも思ってるのかね。」
シマロンは薬の効力期限などどうでも良かった。
「その大人買いした客の名前は?」
「それが・・・」
ハーローは困った顔をした。
「キャッシュで大人買いだったんで、客の名前は記録されていないんです。」