2020年7月28日火曜日

蛇行する川 4   −10

 シマロン、ハーロー、そしてシマロンの父親が搭乗した航空機が無事にドーム空港を飛び立って行った。機体が夕暮れの空に小さくなるまで見送ったケンウッド博士は、ヤマザキ博士とサルバトーレに先にドームに帰っているよう言いつけて、自身はレストランのスタッフ用出入り口へ歩いて行った。勝手知ったるドーム空港ビルだ。それに目的の場所にはサルバトーレを含む若い保安課員達が尊敬するボディガードが彼を待っていた。ケンウッド博士が苦笑した。

「まさか、我々が食事をしている間、ずっとそこに立っていたんじゃあるまいね?」
「待つのは慣れています、長官。」

 数少ない女性保安課員レティシア・ドーマーが真面目な顔で言った。もう50歳を過ぎているが体力も気力も若者には負けない。ケンウッド博士は彼女の目を見つめた。

「君の息子は立派な男に成長した。」
「はい。」
「育て親は、彼を自慢の息子だと言ったよ。」
「光栄です。」

 博士は暫く無表情の彼女を見つめていたが、それ以上女性ドーマーが何も言わないので、体の向きを変えた。

「では、ドームに帰ろうか。」
「はい。」

 数歩歩いてから、博士は忘れていた質問を思い出した。ちょっと躊躇ってから口に出した。

「君が息子に会うことを、ジャックには言ったのかい?」
「はい。」
「彼は何て?」
「私達の息子は私達の子供ではないと肝に命じておくように、と・・・」

 それがドーマーの掟だ。
 背後の足音が止まったので、博士が立ち止まって振り返ると、レティシア・ドーマーは俯いていた。博士が声をかけた。

「ハグして良いかな?」

 彼女が頷いたので、ケンウッド博士はそっと彼女の逞しい体に腕を回した。暫く抑えた嗚咽を感じながら、彼はじっとそうしていた。
 やがて、レティシア・ドーマーは体を起こし、急いで顔をハンカチで拭いた。

「取り乱して申し訳ありませんでした。もう大丈夫です。」

 ケンウッド博士は何も言わずに優しく笑いかけ、2人はゆっくりとドームの入り口へと消えて行った。