2020年7月8日水曜日

蛇行する川 1   −4

 ジェラルド・ハイデッカーは潔癖症ではなかった。唯彼が育った環境が地球上のどの場所よりも清潔だったので、外の環境に不慣れなだけだった。だから町外れのグラウンドに着陸した彼のヘリコプターに近づいたシマロンが、死体が収容困難な川岸にあるらしいと告げると、躊躇うことなくヘリを使おうと言った。

「牛の舌だろう? ヘリが降下出来る幅はあった筈だ。」

 端末で素早く地形図を出してそう言った。シマロンは遺伝子管理局の素早い対応が好きだった。融通の利かないところもあるが、彼等の行動力は頼り甲斐がある。
 遺伝子管理局は死者が出ると必ず登録されている遺伝子情報と死者の細胞を比較検査して身元確認する。普通の病院などで亡くなった人は採取した検体を病院の端末で検査すれば良いだけだが、屋外で事故や事件で亡くなった人のものは遺伝子管理局が担当することが法律で定められている。シマロンにはよくわからないが、これは地球規模の決まりなのだそうだ。
 ハイデッカーは2年前にクリアクリークを含む中西部一帯を管轄にもつ遺伝子管理局タンブルウィード支局の支局長として赴任して来た。それ以前は各地の支局を巡回する「外勤務局員」と呼ばれる本部の職員だった。シマロンとは10年近い付き合いだが、過去に扱ってもらった遺体のほとんどは警察署か病院に運ばれたものだった。発見現場に付き合ってもらうのは初めてだ。
 支局長と言う職は支局の建物からあまり出ない仕事だったとシマロンは思っていたが、ハイデッカーは違った。部下と同じように外に出かけて同じ仕事をする。事務仕事より屋外活動の方が好きなのだと、シマロンは感じていた。それに、今までの支局長は地元の警察官を上から目線で見下している感があったのだが、ハイデッカーは親しみやすい人間だった。
 シマロンはヴァンスと共にハイデッカーのヘリに乗ることにした。医師のレオーはウィルソンのボートが間も無く到着するであろうローカッスルの船着場にハーローと共に行ってもらった。ハーローはそこでウィルソンや乗客から発見時の死体の状況を聴取することになっている。
 ハイデッカーは遺体を収容する装備が整っていることを確認して、シマロンとウィルソンに乗機するようにと合図した。パイロットはDJ・コールマンと名乗った。地元の人間なのかよそから来たのか、話を交わす暇がなかったのでシマロンは確かめられずに、座席に座った。
 遺伝子管理局のヘリコプターは静音ヘリと呼ばれるエンジン音が極力抑えられた航空機だ。家の上空でホバリングしていても屋内の人間にはまず音が聞こえない。中の乗組員も会話が出来る。
 ヘリが舞い上がると、シマロンはヴァンスに尋ねた。

「ボートの客は何人だ?」
「3人」

 ヴァンスはメモを見ることなく答えた。

「サンダーハウスの先生とその客だ。」

 すると前の席のハイデッカーが反応した。

「サンダーハウス?」