2020年7月7日火曜日

蛇行する川 1   −1

 電話の着信メロディーが鳴っていた。ムソルグスキーの「禿山の一夜」の一節だ。アンソニー・シマロンは渋々目を開いた。静かな午後だった。空は晴れ、ところどころ高い位置に白い雲の欠けらが浮かんでいるだけで、風もそよ風程度だ。気温も日陰にいれば暑さを感じない暖かさで湿度は低い。シマロンは事務所の前庭にデッキチェアを置いて昼寝をしていたのだ。日除けのタープは揺れもせずに彼を日差しから守っている。シマロンの心地よい休息を妨げたのは電話だけだった。
 彼は折りたたみのサイドテーブルから端末を取り上げた。掛けてきた相手は旧友のジョン・ヴァンスだった。幼稚園から地元の高校を卒業するまでずっと一緒だった腐れ縁の友人だ。このクリアクリークの街で唯一の観光業の会社を経営している。気心知れた男だが、シマロンに連絡して来るのは大概昼休みか夜の仕事を終えた頃だ。真昼間に掛けて来ることは滅多にない。シマロンは嫌な予感がして、電話に出た。

「シマロンだ。」
「トニー・・・」

とヴァンスが使い慣れた愛称で彼を呼んだ。落ち着いていたので、緊急性を感じさせない声だった。

「ウィルソンから連絡があった。川で死体を見つけたらしい。」

  シマロンは暫く端末の画面の中のヴァンスの髭面を眺めた。ヴァンスのヒゲは綺麗に切り揃えられている。客商売だから、手入れは欠かせない。

「ウィルソンと言うのはアンディのことか?」
「他にウィルソンと言う男は雇っていない。」

 ヴァンスはニコリともせずに言った。

「これから拾いに行くから待ってろ。」
「俺を拾うって?」
「そうだ。鑑識とか救急車とか要るかも知れん。」

 その頃になって、やっとシマロンの頭がまともに働き始めた。

「変死体なんだな?」
「川で見つけたんだ、まともな死に方じゃないだろう。」
「アンディに何も触るなと言ったか?」
「勿論だ。しかし死体のそばにアイツがいる訳じゃないからな。」

 シマロンがもっと詳細を聞こうとする前に、ヴァンスは電話を切った。
 シマロンはデッキチェアから立ち上がると事務所に駆け込んだ。秘書のマイケル・ハーローがクロスワードパズルの本から顔を上げた。彼が口を開く前に、シマロンは指図を出した。

「ドクターに電話して検視の準備をしてここへ来てもらってくれ。大至急だ。それから、ハイデッカーにも連絡だ。DNA鑑定が必要だからな。」