2020年7月25日土曜日

蛇行する川 3   −11

 シマロンがロバート・フォイル刑事からの意地の悪い電話と、遺伝子管理局長ローガン・ハイネの助言の電話を受けている頃、マイケル・ハーローはタンブルウィード市郊外の瀟洒な住宅地に居た。道中連絡を入れておいた元遺伝子管理局タンブルウィード支局長代理のブリトニー・ピアーズの家に招待されたのだ。ハーローが身分と亡くなったハリス前支局長が利用していた薬局の名前を知りたいと電話で告げると、ピアーズは、その時、今手が離せないので掛け直す、と言ってすぐに切ってしまった。しかし5分後にすぐ折り返し掛けてきた。そして自宅へ来るようにと告げたのだ。きっと現支局長ハイデッカーにハーローの身元確認をして掛け直したのだ。
 果たして、教えられた白い壁の綺麗な戸建ての住宅の前にハーローの警察車両が到着すると、そこにハイデッカーが立っており、保安官助手が本物だと確認して、庭に立っていた女性に頷いて見せた。それからハーローにウィンクすると、彼自身は自分の車に乗り込んで走り去った。
 ブリトニー・ピアーズは金髪で青い目の白人女性だった。スリムで綺麗な女性だ。子供が3人いる様には見えない若々しさが全身から溢れている。ハーローはこんな若い人が遺伝子管理局の支局長代理をしていたのかと驚いた。

「遠路遥々ようこそ!」

とピアーズはにこやかに出迎えてくれた。そして

「お昼を召し上がって。街まですぐですけど、田舎ですからあまり良いお店はなくてよ。」

と自宅に招待してくれた。
 女性がいる家は裕福な家庭が多い。そして男は妻子を守る為に警備にお金を使う。ピアーズの家はゲイト付きの住宅地にあって、中に入るのに守衛がいる門を通らなければならなかったし、庭の四隅に監視カメラが設置されていた。ハーローは婚姻許可証を得るには収入も審査されるのだな、と今更ながら思い出して、ちょっとだけ気が重くなった。警察の仕事を真面目に務めれば収入額に関わらず許可をもらえるとシマロンが言っていたが、そのシマロンもまだ結婚していない。
 お洒落なインテリアの屋内に入ると、小さな子供が1人カーペットの上で大人しく遊んでおり、部屋の隅には大きなシェパードが蹲って客を見ていた。

「上に2人子供がいるんですけど、学校に行っているの。2時にお迎えに行かなきゃならないので、この時刻に来て頂いたんですよ。」

とピアーズがテーブルの上に並んだ料理を手で指しながら言い訳した。

「野暮な要件で押しかけて申し訳ありません。ちょっとお尋ねしたかっただけなんです。」

 ハーローはドキドキしながら椅子に座った。ピアーズは料理を彼の前の皿に取り分けて、飲み物に冷たいノンアルコールのビールを出してくれた。そして向かいに座って、食べましょう、と促した。2時に子供のお迎えがあるので、遠慮して時間を無駄にしてはいけない、とハーローは素直に彼女の手料理を食べた。

「とっても美味しいです!」
「有り難う。遺伝子管理局のお友達は誘っても滅多に来てくれないので、お客様をお迎え出来て嬉しいわ。局員達は皆さん忙しいのよ。」
「それはわかります。ハイデッカー先生もいつも急いでいますから。」
「貴方もお忙しいのよね。では食べながらお話を伺ってもよろしいかしら?」
「はい、すみません。貴女の前任者だったハリス支局長が利用していた薬局を教えていただきたいのです。」
「薬局?」
「ハリス前支局長はコロニー人でしたね。コロニー人が地球に長期に住み着く場合、重力障害防止の薬を毎日服用しなければならないそうです。ハリス氏もどこかの店で薬を購入していた筈です。」

 ピアーズは食事の手を止めてちょっと考え込んだ。遠い過去の思い出を探る表情だったので、ハーローは思考の邪魔をしないよう、食べることに暫く専念した。 やがて、彼女が彼に向き直った。

「ハリスさんはご自分でお薬を購入されていたので、私は存じ上げませんの。」

 ハーローはがっかりした。しかし、ピアーズが続けた。

「でも、あの方、ちょっとお薬で問題を起こしましたので、そちらの方面で詳しい方に訊いてみますわ。ちょっと失礼しますわね。」

 彼女は端末を出して、どこかに電話を掛けた。

「ワグナーさん? ピアーズです。お久しぶり、お元気? ええ、私も毎日子供達に振り回されて元気いっぱい。夫も元気ですよ。貴方の奥様は?」

 1分ほど彼女は相手と近況報告を交わしてから、本題に入った。

「今、クリアクリークと言う町の保安官が訪ねて来られているの。レイモンド・ハリスさんが生前利用していた薬局を知らないかって言うご用件なんだけど・・・いいえ、それじゃなくて、重力障害防止のお薬の方。」

 3分ほど待たされてから、彼女は相手から答えを得た。礼を言って、彼女は電話を切った。ハーローを振り返り、告げた。

「当時ハリスさんの身辺捜査をなさった局員さんからの情報です。ハリスさんの行きつけの薬局はグッディ商会、ここから車で15分のところ、遺伝子管理局タンブルウィード支局があるメインストリートに面した薬局で、支局から見て対面の1ブロック東にあります。」
「有り難うございます!」

 するとピアーズが思いがけない贈り物をくれた。彼女は自身の名刺をハーローにくれたのだ。

「これを店主でも店員にでもお見せになって。令状なしでも何でも答えてくれますよ。」

 ハーローが思わず彼女の顔を見つめると、愛嬌のある笑顔でピアーズが微笑んだ。

「ハイデッカーさんから、貴方の町で起きている出来事の説明をお聞きしましたわ。頑張ってね、探偵さん!」