2020年7月15日水曜日

蛇行する川 1   −16

 2人の男性がいなくなると、シマロンはセッパー博士に言い訳した。

「仕事があるからここへ来ているんじゃないんだ。」

 敬語を使うのは止めた。

「起きたら天気が良かったので、ここのテラスで朝ごはんにすれば気持ちが良いだろうと思っただけで、朝食は大概どこかの店で食べている。一人暮らしだから、お気楽でね。」
「どこかの店・・・ね・・・」

 彼女が意味深に笑ったのは、このクリアクリークのメインストリートに朝食を取れる様な店が2軒しかないことを思い出したのだろう。ハンバーガー屋と居酒屋だが、居酒屋は朝の営業は7時までだ。シマロンはほとんどハンバーガー屋の一番早い客だ。
 
「郡警察の刑事と鑑識班も昨晩ここに泊まった。出会わなかったかい?」
「夜は早く休んだから、知らないわ。ニコは夜遊びを許可してくれないのよ。私の両親から監視を頼まれているのね。」

 彼女は可笑しそうに笑った。よく笑う女性だ。職場もきっと明るい場所なのだろう。
 ケンウッド博士とサルバトーレが戻って来た。どちらもたっぷりとした量の食事だ。博士がシマロンに気を利かせようと隣のテーブルに行きかけたので、セッパー博士が駄目と言った。彼にそばにいて欲しいのだ。博士が素直に戻って来て、シマロンに失礼するよと断って座った。サルバトーレは隣のテーブルだ。遠慮したのかと思ったが、ボディガードらしく動き易い距離を取っただけだとシマロンは直ぐに気が付いた。2人の博士は休暇中だが、ボディガードは任務に就いているのだ。
 セッパー博士がケンウッド博士に言った。

「郡警察の人も泊まっているんですって。でも保安官がここにいるのはただの朝ごはんの為よ。」

 背後で賑やかな声が聞こえてきた。振り返ると、年齢が様々な10人ばかりのグループが現れて朝食のテーブルの確保に勤しんでいた。ケンウッド博士が説明した。

「あの人達はサイクリングでこれから山越えして西の方へ行くそうだよ。羨ましいね。私達は多分山を登る途中で持久力が切れてしまうだろう。」

 博士はコロニー人が地球の重力に弱い筋肉を持っている為に長時間の激しい運動に向いていないことを示唆した。地球人がコロニー人に優越感を持てる数少ない瞬間だ。クリアクリークにも偶にコロニー人の観光客が来る。彼等はキャンプやハイキングがせいぜいで、山歩きはほとんどしない。シマロンはケンウッド博士の様な鍛えた筋肉の人でも無理なのか、と思った。

「鍛えておられる様にお見受けしますが?」

と言ったら、博士が自嘲気味に返した。

「若ければ私もトレッキングに挑戦するが、もう歳だからね。」
「そんな・・・お若いでしょう?」
「地球の人から見ればそうかも知れないが、私はもう77歳だよ。」

 え?! とシマロンは絶句してしまった。彼の父親より若いと思えたのに、10歳も上なのか? セッパー博士がケンウッド博士の腕に手をかけた。

「でも素敵な77歳よ、ニコ。」
「君のお爺さんと言っても差し支えない年齢だがね。」
「パパと同い年でしょ。」

 セッパー博士はシマロンに向き直った。

「コロニー人は晩婚が多いのよ。子育てで自分の時間を取られたくない人がたくさんいる訳。私の両親はニコと同様に仕事や研究に熱心で、結婚したのは50を過ぎてからなの。」

 するとケンウッド博士がちょっと咳払いをした。セッパー博士はハッとした表情になり、それっきりその話を止めてしまった。代わりにシマロンに尋ねた。

「今日のスケジュールはどうなっているの? 朝ごはんの後で警察の人々と合流するのでしょう?」
「うん。9時に事務所に集合して、地元のボランティアも一緒に川上から船で下って牛の舌へ行く。現場検証と遺体回収をして、戻るのは午後になるだろうな。」
「それじゃ、ここでお別れね。お仕事、頑張ってね。」

 セッパー博士にはっきりとお別れを告げられてしまった。