2020年7月27日月曜日

蛇行する川 4   −7

 シマロンの語りは事件の終盤に差し掛かった。

「ザッカレイはデンプシーを葬った後、船着場の管理人として穏やかに暮らしていました。だが、収入はそれほどありません。彼を採用したのはホテルですが、給料は出ないんです。船着場の維持費だけが必要経費で出るので、彼は切り詰めて僅かな残りを生活費に充て、後は駐車場の掃除をしてレストハウスから賃金をもらったり、川上に運ぶ観光客のチップで生計を立てていました。独り身ですし、田舎で金を使う場所もないので、やって行けたのです。しかし、重力障害の薬を買う額には到底足りません。
 フェルナンデスから買った薬の在庫が尽きかけて、そろそろヤバイと思い始めたところで、とんでもないことが起きました。」

 シマロンはケンウッド博士を見た。

「セッパー博士がデンプシーの遺体を見つけてしまったんです。」
「シュリーは目敏いからなぁ。」

 ヤマザキ博士が苦笑した。

「普通、有り得ない物を見ても見なかったと思うだろう、気のせいだと自分に言い聞かせてしまう。」
「それは君だろう。科学者はどんな些細な物も見逃さないのだ。」

 ケンウッド博士が医者をからかった。ヤマザキ博士はフンと鼻を鳴らし、シマロンに目で先を促した。

「ザッカレイにとってはまさかの川の増水と岸辺の崩落で、デンプシーの遺体が出てきてしまい、町が大騒ぎになりました。彼は大人しく嵐が過ぎ去るのを待とうと思ったそうです。だが、遺体を発見した観光客がコロニー人だと知って、ちょっと心が動いてしまった。重力障害の薬が手に入らないかと思ったのです。」
「観光客には必要のない薬だが・・・」
「切羽詰まっていたのでしょう。それで警察が引き上げた翌日、日が上る前に彼は川を遡ってホテルの近くまで行きました。」

 ああ、とケンウッド博士が合点がいった、と頷いた。

「それで森の中に薬のPTPが落ちていたのか。我々に接触しようと試みたのだね?」
「そうです。彼は森の中でケンウッド博士が散歩に出て来られたのを偶然見かけたのですが、ボディガードのサルバトーレさんを見て、気が変わりました。」

 ヤマザキ博士がサルバトーレを見て、クスッと笑った。

「アキは強そうだからな。実際、強いし。」
「前日ローカッスルでボートを出迎えた時に、ザッカレイはサルバトーレさんがボディガードだと知っていましたから、森で見かけた時に接近を諦めました。そしてボートで川を下ってローカッスルに帰りました。
 彼は船着場で仕事をしていましたが、やはり心穏やかではなかったそうです。いつ警察が彼の正体を嗅ぎつけるかわかりませんからね。それで逃亡する準備を始めました。そこへ、ホテルの経営者ジョン・ヴァンスが訪ねてきました。
 ヴァンスは俺の事務所で俺と今回のデンプシー殺害事件について色々推理を話し合ったんです。そして俺達はベルナルド・サンダースが怪しいと言う結論に至りました。理由は簡単です。彼が一番新しい他所者の移住者で、誰も彼の私生活を知らない。そして、デンプシーが宇宙から追いかけてきた人物の名前がベルナルドだった、と言う、単純な理由です。
 ヴァンスは、殺人犯が彼の観光施設で働いていたとニュースになれば、クリアクリークの観光地としての評判に傷が付く、と心配になりました。それで、サンダースの家に訪ねて行き、彼の正体について知識を得たことを伏せて、サンダースに解雇を言い渡しました。しかしサンダース、つまりザッカレイは既に追い詰められた心理状態になっていたので、ヴァンスと争いになりました。瓶か何かでヴァンスの頭を殴ったそうです。ヴァンスは昏倒し、ザッカレイはそこで家ごと彼を焼いて、自分が死んだことにしようと思いつきました。」
「物凄く短絡的な思考だな。」
「ええ・・・真昼間ですし、ヴァンスをどこかに遺棄することは出来ませんからね。彼はガソリンを家の中に撒いて、自分は車で逃げたのです。」
「ヴァンス社長はどうなったのだい?」

 ケンウッド博士が心配そうな顔で尋ねた。シマロンは彼を安心させる為に笑って見せた。

「ヴァンスは消防団員の素早い救助で無事助け出されました。頭の傷は大したものではなく、火傷もなし、気絶していたので煤を殆ど吸い込まずに済みました。3日後には退院して、仕事に復帰しています。」
「良かった!」

 ケンウッド博士が肩の力を抜いた。

「あの人には親切なもてなしを受けたからね。しかし、そんな危険な目に遭っていたとは知らなかったよ。」
「彼はニュースの題材になりたくなくて、意識が戻ると直ぐにメディアに箝口令を出すようカリ警部補に依頼したんです。あ、カリ警部補は今回の事件の正規の担当者です。」
「いや、正規の担当者は君だろう、君の活躍は僕等もテレビのニュースで見たよ。」

 シマロンは頬を赤く染めた。

「ところで、俺はザッカレイのその後の処分をまだ知らされていないのですが・・・」

 それはケンウッド博士が教えてくれた。

「コロニー人同士の殺人事件だが、地球で起きたことだからね、憲兵隊が地球で裁いて欲しいと連邦捜査局に要請したそうだ。恐らく、宇宙にザッカレイを連行すると組織の報復が待ち構えているから、彼を保護する目的なのだろう。ザッカレイもそれを望んでいる。刑務所なら薬をもらえるしね。」