2020年7月7日火曜日

蛇行する川 1   −2

 ジョン・ヴァンスがやって来たのは10分後だった。シマロンは眠気覚ましのコーヒーを淹れたところで、まだカップに口もつけていなかった。ヴァンスはホテル経営者らしいスーツを脱いで趣味で山歩きをする時の装備で来ていた。シマロンは思わず尋ねていた。

「川のどの辺りなんだ?」

 クリアクリークで川と言えばグリーンスネイク川を意味する。大地を深くえぐって蛇行する川で急流と緩慢な流れが交互に現れる人気川下りスポットがある。大きな滝がないので急流と言ってもちょっとした段差と岩がある程度、船頭の腕次第では全く危険はない・・・とヴァンスのホテル「モッキングバード」のパンフレットに書かれている。
 シマロンはモッキングバードの川下りを体験したことはないが、少年時代は遊び仲間とボートで釣りをした。川下りはしなかった。下流まで行ってしまったらボートを陸に上げて上流まで運ばねばならないからだ。少年時代は車を持っていなかったし、父親は車を貸してくれなかった。父親はケチだった。愛情深く育ててくれたが、値が張る物は息子に与えたがらなかった。どうせ養子だから子供に金をかけることもないと思っていたのだろう。

「ウィルソンは牛の舌だと言っていた。」

 ヴァンスは事務所に入ってくると、いつものことだが、勝手に空いたカップにコーヒーを入れて口に運んだ。
 牛の舌と言うのはグリーンスネイク川の流れが大きく湾曲している箇所で、流れの内側に溜まった土砂に草木が根付いて岬の様に出張っているのだった。背後が絶壁で囲まれているので船でしか行くことが出来ないのだが、釣り人たちには具合の良い休憩場所になっていた。船着場などはなくて、浅瀬にボートを乗り上げて上陸するのだ。流れの外側は急流になっており、牛の舌の岸辺の穏やかな流れに騙されて水に入ると持っていかれそうになる。

「上流から流された死体が牛の舌に打ち上げられたのか?」
「それはわからん。ウィルソンはただ死体を見つけたと連絡して来ただけだ。」
「彼はまだそこにいるのか?」
「否、ボートには客が乗っているからな、そのまま戻って来いと言ってある。」

 ヴァンスも状況をつかめていないのだ。

「3日前に珍しく大雨が降っただろ? それで上流で誰かが川に落ちて流されたんだろうよ。」

 その時、マイケル・ハーローが窓の外を見て、保安官、とシマロンを呼んだ。

「ドクターが来ましたよ。まるで釣りに行くみたいな出で立ちだ。」