2020年7月25日土曜日

蛇行する川 4   −2

「すまないがマイケル、もう一度ハイデッカー先生と代わってくれないか?」

 シマロンが頼むと、ハーローが答える前にハイデッカーが画面に現れた。

「何か用か?」

 ハイデッカーの背後は大きな窓だ。シマロンが数回訪問したことがある支局長の執務室だとわかった。ハーローは来客用の快適そうな椅子に窮屈そうに座っていた。都会風の洗練されたデザインの部屋に居心地の悪さを感じているのだろう。
 シマロンはハイデッカーにベルナルド・サンダースの身元を確認して欲しいと要請した。

「出身地はニューヨーク州バッファローと言う届出だが、本物だろうか?」
「つまり・・・」

 ハイデッカーが難しい顔をした。

「検体なしでDNAを調べろってことか?」
「せめてベルナルド・サンダースの名前でDNA登録されている人間が実在するか否か調べてくれないか?」
「わかった。」

 ハイデッカーが端末をハーローに返して自身の執務机に戻った。ハーローは支局長をちらりと見遣ってから、シマロンに向き直った。

「サンダースが怪しいんですか?」
「怪しいどころか・・・」

 シマロンは遺伝子管理局本部から電送されて来た写真を見せた。

「ベルナルド・ザッカレイと言うコロニー人そっくりだ。」

 ハーローがグイッと画面に顔を近づけて写真をじっくり見ようとしたので、シマロンは笑ってしまいそうになった。ほんとだ、とハーローが呟いた。

「サンダースですね。でも、その情報はどこから入手されたんです? 郡警察本部がくれたんですか?」
「まさか。」

 シマロンはニヤリと笑って見せた。

「遺伝子管理局長と名乗る人が送ってくれたんだよ。」

 ハイデッカーがその言葉に反応した。彼は机の向こうから首を伸ばしてハーローの方を見た。

「おい、マイケル、さっきトニーは局長と言ったか?」
「言いましたね。」

とハーロー。 ハイデッカーが電話の向こうでシマロンに問いかけた。

「局長がどうなさったって?」
「どうって・・・」

 シマロンは電話に向かって肩をすくめた。

「俺に電話を掛けて来て、デレク・デンプシーが追っていた人物の名前がベルナルド・ザッカレイと言う名で、宇宙の組織犯罪に関する裁判で証言をする予定だったのが、組織の報復を恐れて地球へ逃亡したと教えてくれたのさ。そして写真を送ってくれた。」
「なんで、局長が君にそこまで親切にされるんだ?」

 ハイデッカーの声に嫉妬の響があったのをシマロンは気づかなかった。ハーローはそれを聞き取ったが、理由は解せなかった。シマロンは、さあね、と言った。

「俺がケンウッド博士のお世話をした礼だと言っていたが・・・」
「君がケンウッド博士のお世話を?」

 ハーローが急いで説明した。

「博士が森で落し物をして、保安官が一緒に探したんですよ。落し物は無事見つかりました。」
「ふーん・・・」

 ハイデッカーはそれ以上何も言わずに調査に戻った。その間にハーローがブリトニー・ピアーズに親切にもてなしてもらったことを告げた。

「お礼にクリアクリークに遊びに来て下さればご案内しますって言ったら、夏休みにキャンプに行ってみたいと仰いました。彼女、俺のタイプなんですけど、人妻ですから、ちょっと悔しいです。」

 するとハイデッカーがスクリーンを見たまま言った。

「ブリトニー嬢は、ハリスの秘書をしていた時から僕等のアイドルなんだ。田舎の保安官助手の手が届く相手じゃない。」
「遺伝子管理局の支局長も手が届かなかったんですね。」

 ハーローのからかいにハイデッカーがムッとして睨みつけたので、ハーローは慌てて言った。

「だって、もう人妻じゃないですか。」
「結果が出たぞ、トニー。」

 ハイデッカーはハーローを無視して、シマロンに声を掛けてきた。

「ベルナルド・サンダースと言う人物は確かにニューヨーク州バッファロー出身だ。但し、18歳の時に交通事故で死亡している。生きていれば今日で20歳9ヶ月15日だ。」

 ローカッスルの船着場の管理人ベルナルド・サンダースはどう見ても30歳を過ぎていた。

「どう言うことなんです?」

とハーローが誰にともなく尋ね、シマロンが答えた。

「ザッカレイは死んだサンダースのIDを誰かから買ったんだ。同じファーストネームの方が偽名として使いやすいからな。」