2020年7月11日土曜日

蛇行する川 1   −11

 ハイデッカーの言葉はシマロンには大袈裟に聞こえた。だがドーム長官が大統領並みの超VIPであることには違いない。それなのに護衛がサルバトーレ一人だけと言うのは、いかにお忍びと雖も不用心ではないか。シマロンがそう指摘すると、ハイデッカーは溜め息をついた。

「正に僕等の悩みはそこにあるんだ。あの方はいつも護衛をつけずにお出かけする。月へ行く時も・・・宇宙でもドーム長官はVIPなんだ、それは変わりない。それなのに常に単独行動なさる。よその大陸に出張なさる時もお一人だ。遺伝子管理局長も保安課長も副長官さえもあの方に護衛を同伴されるよう注意なさるのだが、全く効果がない。今日はサルバトーレが付いていたので、却って驚いたぐらいだ。」
「それじゃ、川下りなんかしたなんて、ドームの偉いさん達が知ったら腰を抜かすんじゃないか?」

 シマロンが笑った時、外で車が停車する音がした。窓の向こうに郡警察の車両が見えた。

「本部から刑事達が来た。コロニー人の話は終わりだ。」

 シマロンは宣言して戸口へ行った。
 丁度私服の男女が車の左右から降りてくるところだった。後ろの車両は鑑識だ。引き上げの作業はこちらのボランティアを出すしかないだろう。ハーローが慌てて電話をかけて人員の徴集を始めた。森林や河川でガイドをしている連中を集めるのだ。本当なら事務所に帰った段階でやっておかなければならない作業だ。フォイルが怒るだろうとシマロンは思い、気が重くなった。
 男の刑事は果たしてロバート・フォイルだった。現場が川だと聞いているのだろう、つなぎの作業服を着ていた。女性は初対面だが、ステラ・カリ刑事に違いない。階級はフォイルより上の筈だ。彼女もつなぎを着ていた。
 シマロンに気づくと2人は事務所に向かってやって来た。フォイルはヤアと言ったが、カリはこんにちはと挨拶した。日焼けした偉丈夫そうな女性で、身長はセッパー博士より低いが体格は良さそうだ。多分、男の人口が多い世界で身を守る術を十二分に身につけているのだろう。シマロンと彼女は互いに簡単な自己紹介をした。彼女はすぐに尋ねた。

「遺伝子管理局は来ていますか?」
「ここにいるよ。」

 ハイデッカーが姿を現した。

「ヘリがいるのを見ればわかるだろう。」

 郡警察本部がタウンマーシャルを見下すように、遺伝子管理局は一般警察を見下す。しかし彼等は刑事ではないのだ。業務内容も警察の仕事ではない。遺体の身元確認をするだけの仕事でここに来ている遺伝子管理の手続き業務をする役人だ。
 フォイルが遺伝子管理局に良い印象を持っていないことは、この高慢な刑事がハイデッカーに挨拶しないことを見ればすぐにわかる。シマロンはハイデッカーもフォイルを無視してカリだけを相手にすることに決めた、と判断した。

「君は見かけない顔だな、カリ警部補。」
「最近転属になったので。」

 彼女は鑑識の車を見て、彼に尋ねた。

「川へ行かれますか?」
「いや、ここで待っている。」

 ハイデッカーは即答した。ヘリで行った時は遺体の引き上げにやる気満々だったのだ。しかしフォイルを見て、その気が失せたようだ。カリ刑事がシマロンを見たので、シマロンは仕方なく言った。

「案内しますよ。」