2020年7月14日火曜日

蛇行する川 1   −15

 シマロンが朝食を取ってテーブルに戻ると、セッパー博士はまたタブレットで別の人物と話をしていた。彼が向かいに座っても気にせず、

「ニコは大自然を楽しんでいるわ。地球に40年近く住んでいるのに、3日以上のタダノ休暇を取るのは今回が初めてだそうよ、信じられる?」

 彼女が笑うと、似た様な声でやはりコロコロと笑い声がタブレットから聞こえた。

「あまり小父さんを虐めては駄目よ、シュリー。」

とタブレットの中の人が言った。

「それじゃ、私はこれからレッスンだから、切るわね。」
「うん、コンクール、頑張ってね、バイバイ!」

 セッパー博士は通信を終え、シマロンを見た。問われてもいないのに彼女は説明した。

「妹なの。さっき話していたのは兄。」
「兄妹がいるんですね。」

 一人っ子のシマロンはちょっと羨ましい。養子は一人の親に一人しか認められない。子供が欲しい希望者が多いからだ。セッパー博士は子供を持つのが自由なコロニーの人なのだ。
 彼女が言った。

「三つ子なの。女2人と男1人、私と妹は一卵性の双子になるので、男のローガンは仲間外れでちょっと可愛そう。」

 何が可笑しいのか、彼女は笑った。女性2人に男性1人の三つ子なのか、とシマロンは想像した。確かに喧嘩になれば女性は連合軍を組んで男性を追い詰めるかも知れない。
 
「保安官、ご家族は?」

と彼女が訊いて来た。親父が1人、とシマロンは答えた。

「養子なんです。地球では珍しくない・・・」

 セッパー博士がなんとなく哀しげな目をしたので、彼はドキリとした。コロニー人は地球の事情をどこまで知っているのか、シマロンには想像がつかなかったが、なんとなく養子であることを気の毒がられている様な気がした。だから彼は話題を変えた。

「さっき、ケンウッド博士がタダノ休暇を取られたと仰ってましたが・・・」
「私に敬語は無用よ、保安官。」

 セッパー博士はオレンジジュースを口に含み、飲み込んで「美味しい!」と呟いた。

「ニコはとっても真面目で仕事一筋の人なの。だから、仕事絡みじゃなくてただ遊びに出かけるってことをしなかったの。だけど、それじゃ折角こんな綺麗な惑星に住んでいるのに、勿体無いじゃない? 一度で良いからお仕事を休んで遊びに行きましょう、って何度も誘って、やっと説得に成功したのよ。」

 彼女は森の方角に視線を向けた。

「でも、今頃歩きながら植物を見て、どんなDNA構成なのか考えているわね、きっと・・・」

 それは好きな男性のことなら何でもお見通しと言う女性の顔だった。まだ幼さが残るのに、この瞬間彼女は1人の大人の女の顔をしていた。
 ああ、この女性はニコラス・ケンウッドが好きなんだな、とシマロンは確信してしまった。一目惚れした田舎町の保安官が入り込む余地がないほど、この若い女性は父親ほども年上の仕事一筋の男に思いを寄せているのだ。
 シマロンはコロニー人の学者に思いを寄せる様な身の程知らずでない己に感謝した。理性は残っている。この目の前にいる娘はじきにこの町を去るのだ。
 その時、セッパー博士の顔が輝いた。彼女は腰を椅子から浮かし、腕をあげて手招きした。

「ここよ! お帰りなさい!」

 シマロンは振り返り、森から出てくる中年の遺伝子学者と西部劇に出てきそうな先住民のハンサムな若者を見た。ケンウッド博士は手に花ではなく、葉っぱが付いた草をひとつかみ握っていた。ほらね、とセッパー博士が笑いながらシマロンに言った。

「やっぱり何かDNAが気になる物を見つけたのよ。」

 ケンウッド博士の後ろを歩くサルバトーレは拓けた場所に出たので、ボディガードらしく用心深く周囲を見回していた。 博士の方は全く不用心で笑顔でシマロン達のテーブルに近寄って来た。

「ヤァ、おはよう、保安官!」
「おはようございます。」

 ケンウッド博士は草の束をセッパー博士のお皿の横に置いた。

「ミントの香りがするんだよ、嗅いでごらん。」
「へぇ!」

 セッパー博士が嬉しそうに草を摘み上げ、鼻先へ持って行った。

「ほんとだ! 保安官、これ、なんて言う草なの?」

 シマロンも鼻先に草を差し出された。確かに清涼な香りがした。

「ミントでしょうね。」

と彼は自信なさげに言った。それから博士に声をかけた。

「この植物は安全ですが、無闇に触れるとかぶれる物もありますから、気をつけて下さい。」
「ご心配有難う。」

とサルバトーレが博士の代わりに答えた。彼は端末を出して見せた。

「これで走査してから触っています。うちの科学者達は皆用心深いですから。」

 うちの? シマロンはちょっと引っかかった。するとこのボディガードはドーム専属なのか? 
 セッパー博士が立っている2人の男性に、朝ごはんを食べたら、と言った。

「保安官が来られたってことは、じきに昨日の続きが始まるってことだわ。面白そうじゃない?」
「私達は現場に行けないんだよ、シュリー。はしゃぐことじゃない。」

 分別あるケンウッド博士はそう言って、サルバトーレと共に朝食をもらいに建物の中に入って行った。