2020年7月25日土曜日

蛇行する川 3   −9

 ハーローが大きい方のパトロールカーでタンブルウィードに出発すると、保安官事務所は心なしか静かになった様な気がした。2人しかいない事務所だから、会話する相手がいない。シマロンは向かいの雑貨店の店主に事務所の見張りを頼むと、町内のパトロールに出かけた。雑貨店が事務所の見張りをするのはいつものことだ。保安官と助手がどちらも出かけてしまうことは珍しくない。

「マイケルが大きい方の車で出かけたってことは遠出かい?」
「そうなんだ。でもあまり人に言わないでくれ。」

 すると訳知り顔で店主は頷いた。

「先日川で発見された死体に関係しているんだね?」

 シマロンは答えずに笑顔で応じて店主の肩を叩き、小さい方のパトロールカーに乗り込んで出かけた。この日も穏やかで風が弱い晴天だ。車の窓を開放して風を入れながら走ると気持ちが良かったが、対向車が巻き上げる土埃は閉口した。お互い様なのだが。
 ホテル・モッキングバードに着くと、カフェテラスでジョン・ヴァンスが居た。パラソルの下で、ラップトップを使って仕事をしていた。シマロンは車を降りると、ブラブラとそちらへ歩いて行った。

「ヤァ、ジョン。」

 声をかけると、ヴァンスが顔を上げ、眩しそうにシマロンを見た。

「ヤァ、トニー。巡回か?」
「うん。昼前の一巡りさ。」

 シマロンは一旦テーブルの横を過ぎて、カウンターでコーヒーを買って戻った。ヴァンスは再び仕事に戻っていたが、保安官が向かいに座るとラップトップを閉じた。

「例の件は、郡本部からは何も言って来ないのか?」
「ああ・・・コロニー人が絡んでいるからなぁ、ややこしいのさ。田舎町の保安官は指示に従うだけだから、俺は俺が出来るだけのことをするまでだ。」
「それは、つまり捜査をしているってことか? それとも・・・」
「地元なんだ、何もしていない筈はないだろう。」
「ああ・・・」

 ヴァンスが溜め息をついた。

「捜査するなって言うんじゃないが、ここは一応観光地だ。あまり悪いイメージが着く様なことになって欲しくない。」
「それはわかっている。」

 シマロンは端末に住民リストを出した。

「この2、3年にこの町に引っ越して来た住民だ。君が親しくしている人間はいるか?」

 ヴァンスが画面を覗き込んだ。

「よそから来た人間が、あの死体を埋めたって言うのか?」
「ただの他所者じゃない。地球人になりすましのコロニー人だ。」

 シマロンの言葉に、ヴァンスがギョッとした表情になった。

「なりすまし? コロニー人?」
「遺体はコロニー人だった。彼は誰かを探して宇宙から来た、そこまでは郡警察も掴んでいる。恐らく、探し出されると不味い人間が、彼を殺して埋めたんだ。」

 ヴァンスが眉間にシワを寄せて画面を再び見た。

「だが、トニー、例えば、犯人が旅行者ってことはないか? うちのホテルの客で一限さんは半数以上いるぜ。それに通いでこの町で働く他所の村や町の住民もいる。」
「ああ、わかっている。だがまだ捜査は始めたばかりだ。最初にこの町に住所がある他所者から調べていく。それに旅行者は除外しても良いと思う。牛の舌の場所を知っている人間はそういないだろう? 船を使わないと行けない場所だ。」
「うむ・・・」

 ある程度土地勘がある人間が犯人だとシマロンが考えていることを、ヴァンスは理解した。

「するとハイカッスルから死体を運んだと?」
「船着場以外でも荷物をボートに載せられる場所があるだろう。 それにローカッスルから遡る方法もある。」
「グリーンスネイク川を航行するボートは登録されている。個人のボートを出す時も安全の為に警察に申請する。それはお前が一番よく知っているだろう。」
「知っている。だけど、ボートの中には伸縮する製品もあるぜ。」
「船外機付きの伸縮性ボートか?」

 ヴァンスが笑った。シマロンは頑張った。

「船外機なしでも、オールで動かせるだろう?」
「荷物がでかくなるなぁ。それに湖じゃなく川だ。オールでローカッスルから牛の舌まで遡ったら、死体を埋める穴を掘る前にバテるだろう。」

 ヴァンスは子供の頃シマロンによく宿題を教えてくれた。今もそんな気分でシマロンの考えを順番に正そうとしていた。

「なりすましのコロニー人が犯人だとしたら、川を遡ったり穴を掘ったりするのは地球人が同じことをする以上に重労働だ。重力って、宇宙の連中にはかなり厄介らしいぜ。うちの客で山登りやサイクリングで来る人の中にもコロニー人が偶にいるが、出来るだけ起伏の少ないコースを選んで来るし、装備も軽い物を使っている。
 もし、犯人のコロニー人が牛の舌へ死体を運ぶんだったら、上流から来て死体を埋めて下流へ逃げる。あるいは、船外機付きボートで下流から遡って死体を埋め、下流に戻る。
上流へは逃げないだろう。牛の舌から上流は流れが速くなっているからモーター音が峡谷に響く。第一、使用したボートを元の場所に戻すことが重要なんじゃないか?」

 シマロンは頷いた。漠然とした考えをまとめたい時は、ヴァンスの頭を利用するのが一番だ。

「そうするとだ、ジョン、川下に居て、ボートをいつでも使えて、川の地形を知っていて、この2、3年のうちにこの町に引っ越して来た住人と言うのは・・・」

 ヴァンスがもう一度シマロンの端末を覗き込んだ。そして嫌そうな顔をした。

「ベルナルド・サンダースか・・・」

 ベルナルド・サンダースがコロニー人である証拠はまだない。全てシマロンとヴァンスの推理の上での結論だ。2人は暫くカフェテラスのテーブルを挟んで座っていた。

「サンダースが遺体となっていたデレク・デンプシーを殺害して埋めた犯人だとして、彼はどんな罪を犯して宇宙から逃げて地球に隠れていたんだ?」

 ヴァンスの問いにシマロンは答えられなかった。