2020年7月19日日曜日

蛇行する川 2   −11

 運転の前に少し昼寝をしたいとケンウッド博士が希望し、サルバトーレも休憩が必要だろうと判断したので、シマロンは奥の仮眠室を貸した。しかし博士はサルバトーレにベッドを譲り、彼は留置場の寝棚で横になった。勿論面白がっているのだ。子供の様なところがある博士にシマロンは折れるしかなかった。
 事務所内はシマロンとハーローの2人になった。クリアクリークは観光シーズンでなければ実に退屈な平和な町だ。書類が溜まる訳でもなく、電話が絶えず鳴ることもない。執務机の前でシマロンも睡魔に襲われかけた時、電話が掛かって来た。掛けて来たのはステラ・カリ警部補だった。
 簡単な挨拶の後で、カリ警部補が遺伝子管理局の鑑定結果を告げた。

「遺伝子登録データに該当者がなかったので、ハイデッカーは本部にデータを送信して分析してもらったの。」

と彼女はハイデッカーが電話で言わなかったことを教えてくれた。シマロンの眠気が吹っ飛んだ。

「何かわかったのか?」
「遺体はコロニー人だったわ。」

 カリが電話の画面の中で肩を竦めた。

「流石にドームね、地球人とコロニー人の遺伝子の違いがわかるみたいよ。南北アメリカ大陸ドーム中央研究所の名前で分析結果が送られてきたわ。遺体の身元もわかった。」
「この州に在住のコロニー人?」
「それが違うの。」

 カリが悩ましげに額にシワを作った。

「42日前にドーム空港で地球入管手続きをした木星第2コロニー出身のデレク・デンプシー、54歳、職業は・・・」

 彼女はリストから目を上げてシマロンを見た。

「バウンティハンター。」
「バウンティハンター?」

 シマロンは少し声を大きく出してしまった。ハーローが読んでいた雑誌から顔を上げて振り返った。

「宇宙から来た賞金稼ぎが、あの死体になっていたのか?」
「そうらしいわ。」

 カリは溜め息をついた。

「地球と宇宙連邦は刑事事件の協定を結んでいないのよ。コロニー人が地球で事件に巻き込まれた場合、誰が担当するかは連邦捜査局が決めることになっているんだって。」

 郡警察本部でもこれは初めての事態なのだろう。カリ警部補は遠い中央政府から人が来て現場を引っ掻き回すのが嫌なのだ。それはシマロンも同じだった。郡警察からフォイル刑事が来て捜査の主導を取るなんてことになるのは御免だ。

「最悪の場合・・・」

 カリは呟いた。

「宇宙から憲兵隊が降りて来るわ。もっとも、賞金稼ぎが憲兵隊を動かすほど重要人物とは思えないけど。」
「こっちで出来る限りのことはしてみよう。」

とシマロンは言った。

「そのデンプシーとか言う男の資料を送ってもらえないかな? せめて42日前に彼が地球に来てここで死んで埋められる迄の足取りを追いかける程度のことは出来るかも知れない。」
「そうしてくれる?」

 カリ警部補が微笑んだので、端っからそのつもりで電話を掛けてきたな、とシマロンは感じた。

「目撃者を探してみる。一月ちょっと前だから、まだ覚えている人がいるかも知れない。」
「頼んだわよ。資料は1時間以内に送るわ。」

 カリ警部補が画面から消えた。
 シマロンが業務用コンピューターを本部との通信に切り替えた時、後ろでクシャミをした人がいた。振り返るとケンウッド博士が留置場から出て部屋の入り口に立っていた。

「遺体はコロニー人だと判明したのかね。」
「ええ、木星から来た賞金稼ぎだそうですよ。」
「賞金稼ぎが何故こんな・・・」

 博士はちょっと言葉を選んだ。

「宇宙船が発着する空港から遠い町に来たんだ?」

 こんな田舎町にコロニーの賞金稼ぎは何の用があったんだ? きっとそう言いたかったのだ、とシマロンは思ったがこだわらないことにした。言葉を言い換えても、博士が本当に言いたいことは同じだ。何故賞金稼ぎはここに来たのか。

「博士、42日前に地球へ来て、それから、恐らく死ぬ迄に一週間か10日程だったと思いますが、あの賞金稼ぎに重力障害の薬は必要だったでしょうか?」

 ケンウッド博士は部屋の中に入って来て、昼寝前に座った長椅子に腰を下ろした。

「重力障害と言う病気は最短でも半年以上地球に連続して滞在しなければ起こらない病気だよ。通常は発症迄2、3年はかかる。だから普通に観光に来るコロニー人や1年以内に宇宙に戻る予定の留学生やビジネスマンはそんな薬を服用しないし、必要ともしない。毎日ジョギングなどして健康維持に努めていれば全く危険はないから。」
「では・・・あのゴミを落とした人物は、遺体で発見された賞金稼ぎではない?」

 シマロンの問いかけに、ケンウッド博士は首を振った。

「新しいゴミだったから、死んでいた人が服用したとは考えられないね。」

 するとハーローが、あのう、と声を掛けた。

「僕も質問して良いですか?」

 博士が彼を振り返って微笑んだ。

「どうぞ。」
「その、ゴミになっていた薬は、麻薬代わりに使われたりします?」
「どう言うことかな?」
「つまり、地球人には用がない薬でも、飲むと麻薬みたいな幻覚作用とか出て、それで地球人が麻薬代わりに売買したり・・・」

 博士が小さく笑った。

「重力障害の薬はどれもそんな副作用はないんだよ。常習性もないから、飲み忘れる人が多いくらいだ。」
「そうなんですか・・・」
「色々な犯罪の可能性を考えていたのだね。うん、警察で働く人として当然の考えだ。」

 博士に褒められた気がして、ハーローははにかんだ笑みを浮かべた。