2020年7月26日日曜日

蛇行する川 4   −4

 ベルナルド・サンダースもしくはザッカレイの車は川に沿って下の方角へ向かっていた。シマロンは追いかけた。このままタンブルウィードまで走られたら追いつけないだろう、と思った時、サンダースは横道に入った。ハイウェイより脇道の方が見つからないと思ったのか? シマロンはその脇道が何処へ向かうのか知っていた。彼は警察の広範囲連絡網で怒鳴った。

「こちらクリアクリークの保安官アンソニー・シマロン、放火の容疑者を追跡中。容疑者の車番は・・・」

 警察車両なら交通システムでサンダースの現在地を拾える筈だ。果たして、すぐに返信が入り始めた。近い場所を巡回していた警察車両達が応援要請に応じてくれたのだ。サンダースはまだシマロンが追って来ていることを知らない。互いの車の間は距離があるからだ。そして向かっている方角からも警察がやって来ることも予想していないだろう。
 道路は低い丘を登り、そして下る。長く緩い下り坂だ。シマロンの目に、坂道の半分まで下ったサンダースのピックアップが見えた。サンダースがスピードを上げた。シマロンの車の存在に気づいたか? シマロンは下り坂の傾斜角度が途中で緩くなっていることに気が付いた。ずっと下りのままだが、角度が変わると、地中で上り坂になっている様な錯覚を人間に与える。サンダースは錯覚に惑わされてスピードを上げたのだ。シマロンはサイレンを鳴らした。すると坂道の反対側に赤い点滅するものが現れた。応援の車両だ。
 サンダースの車がいきなり道路の右側へ飛び出した。警察に挟み撃ちにされるのを避けようと、道路でない場所に車を進めたのだ。
 土埃を上げながらピックアップはダートの上を走って行ったが、シマロンの車がサンダースがハンドルを切った場所にたどり着いた時、停車した。凄まじい土埃が上がった。タイヤが穴か何か深く掘れた所に落ちたのだ。シマロンはピックアップの轍を辿って走った。背後で対面から来たパトロールカーが停止するのがミラーに映った。
 サンダースが車から飛び出した。野原を走って逃走するつもりだ。シマロンはピックアップの後ろに停車した。サンダースが銃を携行している恐れがあるので、用心深く車外に出た。身を隠す場所がない野原をサンダースが走って行く。シマロンはそれを眺めていた。後ろに応援のパトロールカーが来て、やはり停車した。降りてきたのは、顔馴染みの隣町を管轄している交通警察官だった。

「ヤァ、トニー。」
「ヤァ、ジェイク。」
「走っているヤツが放火の容疑者だって?」
「うん。」
「何故追いかけないんだ?」
「アイツが銃を持っていたら危険だ。それに車で追いかけるには地面が良くない。」

 空の何処かからヘリコプターの爆音が聞こえてきた。

「応援の航空班だ。」

と交通警察官のジェイクが言った。

「連中に放火犯が何処へ向かっているか見張ってもらおう。」

 遺伝子管理局の静音ヘリと違ってやたらと音が大きい警察のヘリコプターが野原の上を旋回した。ジェイクの端末にヘリから連絡が入った。ジェイクが妙な表情で報告を受け、シマロンを振り返った。

「逃げている男がこっちへ戻って来るってさ。」
「どうして?」
「知るもんか。」

 サンダースが見えた。胸に片手を当てて、よろめきながら歩いて来るところだった。
ゼーゼーと息が荒い。ああ、とシマロンはその原因に思い当たった。
 彼はピックアップのドアを開き、車内を見た。汚れていたが荷物らしき物はない。ダッシュボードを見たが、そこも何もなかった。サンダースは取るものも取り敢えず逃げ出したのだ。
 2人の警察官が立っている所にサンダースが辿り着いた。彼は両手を上げ、膝を突いてその場に座り込んだ。ジェイクがシマロンに言った。

「君の獲物だ。」

シマロンは彼の所持品を検め、拳銃を押収した。権利を読み上げようとすると、サンダースが呻く様に訴えた。

「医者を呼んでくれ。胸が苦しい。」

 ジェイクが電話を掛けた。

「心臓発作を起こしているのか?」
「そうだが、普通の発作じゃない。」

 シマロンは確信した。

「重力障害だ。」