2020年7月25日土曜日

蛇行する川 3   −8

 ハーローがブリトニー・ピアーズの連絡先を端末に登録している間に、シマロンは夕食を思い出し、テーブルの上にサンドイッチとコーヒーを並べた。好物のステーキサンドの匂いを嗅ぎつけたハーローが笑顔になって席を発ってやって来た。

「タンブウィードまで出張しても、手柄を本部に持って行かれる恐れはあるんだ。」

とシマロンが言うと、若い助手は首を振った。

「でも、退屈凌ぎにはなるでしょ、保安官。」

 確かに、平和な田舎町で毎日パトロールと電話番をしていることを考えれば、たまの遠出は、仕事それも無駄足になる可能性が大きいものでも、楽しみになるだろう。シマロンも必要経費の申請だけは忘れるな、と忠告だけしておいた。
 温かい夕食を腹に詰め込んで、再び執務机に戻ると、またハーローのコンピューターに薬局から回答が届いていた。

「今度はニューシカゴからです、保安官。」
「ニューシカゴ?」

 タンブルウィードとは正反対の方角だ。しかし、その田舎の都会はコロニー人に縁があった。
 ニューシカゴ郊外にパーカー農場と言う牛のクローン製造と生産をしている規模の大きな畜産農場がある。現在は州が管理する大規模公営農場だが、以前は民間の経営だった。その経営者が、60年近く昔、宇宙で犯罪を犯して逃げていたコロニー人の遺伝子学者だったのだ。時間をかけて宇宙から資産を地球へ移し、犯罪が暴かれると勤務していたドームから逃走した。それっきり行方不明となって宇宙では死んだと思われていたのだが、実は名前を変えて、他人の農場を乗っ取って暮らしていたのだ。違法クローンを製造する闇のクローン業者「メーカー」として。
 7年前、遺伝子管理局が農場主の正体を暴き、大規模な手入れを行った。件のコロニー人は逃亡を図ったが途中で死亡したと言う。そして後継者と考えられていた男も遺伝子管理局に収監され、それっきり戻って来ない。農場はその後州政府に接収され、公営農場になったのだ。
 死んだコロニー人は当然ながら宇宙との往来が出来なかったから、薬剤を薬局で購入していた。偽造身分証明書を使って薬を買っていたのだ。見抜けなかった薬局はお咎めを受けたが、まだ存続している。ニューシカゴはそこそこ大きな都市なので、コロニー人のビジネスも行われている。だから、事件の渦中にいた薬局は重力障害防止薬剤を扱う免許を取り消された筈だが、他にも扱える店はあるのだ。
 そう言う過去がある都市の薬局だったので、1軒が保安官事務所からの質問状に正直に回答を寄越して来たのだ。

ーー当薬局の顧客で『ラクラクスキップ』を定期購入するお客様をお尋ねになった訪問者が、貴保安官事務所がお探しの人物と思われます。当薬局はお客様情報守秘義務により、当該人物に回答しませんでしたが、当薬局の『ラクラクスキップ』定期購入のお客様は5名です。いずれのお客様も身元がしっかりしていますが、令状をご持参下されば照会は可能です。但し、貴保安官事務所より照会があることをお客様に通知させていただく可能性がありますことをご了承ください。

 シマロンはその薬局の連絡先を目にするなり、端末で電話を掛けた。

「ブラックバーンですが・・・」

 電話の向こうに現れたのは歳を取った女性だった。シマロンは回答書の名前を目で確認して、名乗った。

「クリアクリークの保安官アンソニー・シマロンです。遅い時間に申し訳ありません。貴女が先刻当事務所に回答書を送って下さったブラックバーンさんですね?」
「そうです。」
「手短にお尋ねします。『ラクラクスキップ』を定期購入している客は、そちらでは長い付き合いの人々ですか?」
「どの方も10年近くご贔屓にして頂いています。」
「最近、この2、3年に購入する薬の量が増えた客はいましたか?」

 電話の向こうの年配の女性が苦笑と思える笑みを浮かべた。

「重力障害の薬はたくさん飲んでも効果はないのですよ。どのお客様もいつも同じ量のご購入です。」
「その客が地球人と結婚して生まれた子供に飲ませるとか・・・」
「保安官、地球で生まれた人間には、片親がコロニー人でも重力障害の心配はありませんのよ。地球人ですから。」

 シマロンは頬を赤らめた。重力に関する遺伝子がどうなっているのか、さっぱりわからない。

「そうなんですね・・・わかりました。回答有難うございました。そちらへお訪ねすることはありませんので、貴女をこれ以上煩わせることはありません。お休みなさい。」
「お休みなさい、保安官。」

 年配の女性が画面から消えた。
 シマロンはハーローを振り返った。ハーローはタンブルウィード出張がキャンセルにならなくて喜んでいる風に見えた。
 その後もニューシカゴを含めた複数の薬局から回答がポツリポツリと届いたが、有力な手がかりとなるものはなかった。デンプシーは合計7軒の薬局に現れたと思われたが、どの店も顧客情報の守秘義務で彼の質問に答えなかったのだ。