2018年1月18日木曜日

脱落者 1 - 1

 窓の外の暗い空間に地球が青い宝石の様に浮かんでいた。いつ見ても美しい惑星だ。ケンウッドは早くそこへ帰りたかった。地球は職場で故郷ではないが、彼は地球で骨になっても良いと思っている。
  背後でハナオカ地球人類復活委員会委員長が新しいブランデーのグラスをテーブルに置いた。

「いつまで眺めても見飽きない星だな、全く・・・」

 彼も地球に惹かれた人間の1人だ。重力の呪いがなければ、この男ももう10年は地上にいたかも知れない。
 地球人類復活委員会に関係したことがある人間は大なり小なり地球に惹かれているのだ。人類の故郷、大いなる母星・・・しかし今、地球人は絶滅しかけている。宇宙に移住したコロニー人と呼ばれる子孫の科学力によって辛うじて存続を保っている。

「星も美しいですが、地球人はもっと魅力的ですよ。」

とケンウッドは自身のグラスを手に取って呟いた。
ハナオカは彼をちらりと横目で見た。地球人と言うよりドーマーに惹かれているのだろう、と言いたかったが黙っていた。
 地球では女子が誕生しなくなって早200年経った。コロニー人は各大陸に巨大なドーム状の建造物を造り、放射線や細菌、化学汚染物質から遮断された世界を築いた。その中に地球人の女性を集めて出産させることにしたのだ。これは地球規模の法律で定められ、どの大陸でも守られなければならない。
 女性が誕生しないので、コロニー人の有志から借りた受精卵のクローンを創り、ドームの中で培養して女の赤ん坊にする。出産で集まった女性達の子供から3割ばかりをその女の赤ん坊と取り替えるのだ。親は我が子は娘だと信じて帰宅する。取り替えられた男の子は結婚出来ずに子供を望む男性に養子に出される。
 取り替え子の中からごく一部だけ、優秀な遺伝子を持って生まれる子供をドームは研究用の地球人として手元に残して育てる。それがドーマーと呼ばれる人々であった。ドーマーは地球人だが、ドームの外では「存在しないはず」の人間だ。実の親にも存在を知らされずに成長し、ドーム機能の維持の為に働いて一生を終える。だが彼等は奴隷ではない。地球上では最高レベルの教育を受け、毎日健康管理を義務付けられて最高レベルの医療を受け、運動も十分する。給料を受け取り、食事は好きなだけ食べられるし、ドームの中で買い物も出来る。希望すればドームの外へ出て暮らすことも許される。
 だが、ドーマーはドームが「所有」する地球人で、真の自由はない。彼等の一生はドームが監視して管理していた。女性誕生の緒を探す研究用地球人なのだから。
 ニコラス・ケンウッドにとって、ドーマーは可愛い息子達同然だった。彼より年長のドーマーも大勢いるのだが、それでもドーマーは執政官と呼ばれるドームで働く科学者達を親として敬い従っている。コロニー人科学者達は、彼等を統率する為に指揮系統を明確にする必要があり、ドーマーに「執政官を親だと思え」と言い聞かせて育てる。だから歳を取ったドーマー達も若い執政官を決して蔑ろにしない。ケンウッドも彼等の信頼を裏切らぬよう日々努力しているのだ。
 地球を愛して止まないケンウッドであったが、唯一どうしても彼の意のままにならないものがある。それが、地球と言う惑星の重力だった。コロニー人はそれぞれの生まれたコロニーで発生させている重力の下で育った。少しずつ違うのだが、それでも人間の健康を損なわない程度のGだ。ところが、地球の重力は彼等には強すぎるのだ。地球人であるドーマーは平気なのに、執政官は何年ドームに居ても馴染めない。筋力を鍛えておかないと心筋などに障害が出て、時に命に関わる。だからコロニー人達は年に最低2ヶ月「重力休暇」を取って宇宙へ出なければならなかった。
 ケンウッドはアメリカの南北両大陸を統括するアメリカ・ドームの長官なので、2ヶ月ぶっ通しで休暇を取る余裕がない。だから月に数日、出張を兼ねて月の本部へ行く。今回は2日間会議に出て、1日休暇と言う日程で、その最終日だった。ハナオカ委員長はもう2、3日ゆっくりしていけ、と言ってくれたが、彼は既に帰りたいモードに入っていた。
早くドーマー達の喧騒の中に戻りたかった。そして誰よりもあの・・・

「白い髪のドーマーは相変わらず元気かね?」

とハナオカ委員長が尋ねた。ええ、とケンウッドは答えた。あのドーマーに何かあれば宇宙でもニュースになるでしょう、と彼が言うと、ハナオカは苦笑した。

「我々は芸能人を育てた訳ではないがね・・・宇宙では女性達が彼等ドーマーをアイドル扱いしている。当人達は全く知らないのになぁ・・・」