2018年1月23日火曜日

脱落者 3 - 3

 ガブリエル・ブラコフのジェルに包まれた顔を見た瞬間、ケンウッドは呟いた。

「治せる。」

 ヤマザキが彼を見た。

「勿論、治してみせるとも。」

 ケンウッドはガラス壁の向こうの弟子から視線をヤマザキに向けた。

「君の腕を疑っている訳じゃない。ガブリエルは火傷の治療法で大学の卒論を書いたのだ。確か、表皮細胞再生の新しい方法を見出して、それでドーム勤務を認められたはずだ。」
「それじゃ、彼は自分の発見で救われるのか?」
「その可能性が大きい。後で彼の論文を掘り起こして見るよ。」

 2人の会話を聞いている筈のカレン・ドナヒュー軍曹は焼けただれた人間の顔を見て、気分が悪くなったのか、警護の保安課員にお手洗いの場所を尋ねてその場を離れていた。
まだヤマザキに自己紹介していなかったし、ヤマザキもしていない。ケンウッドは彼等を紹介するのを忘れていた。愛弟子と親友の容態を知ることで頭がいっぱいだった。

「ガブリエルは目も口も機能を失っている。もし意識が戻ったら、どうやって互いの意思疎通を図れば良いだろう?」

 ヤマザキは患者本人と治療法の相談をしたかった。ブラコフの治療は時間がかかる。最速で社会復帰を図るか、着実に患者本人の細胞で直すか・・・。

「どんな方法を取るとしても、副長官としての業務は1年間は無理だ。他の役職と違って休職出来る仕事じゃないだろう?」

 ヤマザキが矢継ぎ早に問題点を挙げるので、ケンウッドは待ってくれ、と片手を挙げて制した。

「私だって考えている。意思疎通は・・・」

ふと名案が浮かんだ。名案だと一瞬思えたが、直ぐに自信がなくなった。

「ガブリエルの耳は使えるのか?」
「鼓膜に異常はない。爆風は小さかったようだ。フラスコが破裂して中の薬品とガラスが飛び散ったのだから。爆発と言っているが、火薬が爆発したのとは違う。だからガブリエルとセシリア・ドーマーの後頭部の損傷は軽かった。ハイネは頭部に怪我をしていないし、背中にガラスが刺さる様な事態もなかった。」
「では、マーガレット・エヴァンズの後頭部の負傷は・・・?」
「僕の推測に過ぎないが、ハイネが女性達を庇おうとして、押し倒して覆いかぶさったんじゃないかな? その際に勢いでエヴァンズが頭を打ってしまった・・・」

 ケンウッドはその場面を想像することが出来た。あまりにも瞬時の出来事で、ハイネは庇う相手が彼の行動で怪我をすることを予想することも出来なかったのだろう。

「セシリア・ドーマーは爆発を予想出来たのかも知れない。動機はさておき、彼女がハイネを刺したことを考えると、彼女は自身の後頭部を守ることは出来たのだろう。」

 2人はちょっと黙って、女性ドーマーの行動の説明を考えた。考えつかずに、ヤマザキが話を元に戻した。

「ガブリエルの耳がどうかしたか?」
「うん・・・聞こえるのだったら、私達が話しかければ彼は頭の中で返答するだろう?」
「脳波翻訳機を装着するのは皮膚再生が終わってからだよ。」
「そうじゃない・・・ドーマーを使うんだ。」

 ヤマザキはケンウッドをもう一度振り返った。

「ドーマーを・・・って、ポール・レイン・ドーマーの接触テレパスか?」