2018年1月14日日曜日

購入者 4 - 3

 客が動いたのは、半時間後だった。ケンウッドが執政官達の研究報告を読んでいるところに、保安課から連絡が入った。殆ど同時にロッシーニにも電話が掛かってきた。

「グラッデン女史がゲストハウスから出た。止めようか?」
「いや・・・何処へ行くのか見張ってくれ。破壊工作はないと思うが、ドーマーに無闇に接触して欲しくない。」
「わかった。」

 ベックマン課長はロッシーニの要請を蹴った直後に同じ指示をケンウッドから受けたので、ちょっと機嫌が悪い。ドーマーを見くびってしまった己を悔やんでいるのだ。
 ケンウッドは客が犯罪を企んでいるとは思わなかったが、違和感がどうしても拭えなかったので、観察していたいのだ。宇宙開拓事業団は、人類居住可能な惑星を見つけると、そこを農業が可能な星に改造するのが仕事だ。工場を建てるだけの星には行かない。土地の改良だ。だから高温多湿の惑星を発見したと言うことは、水と酸素と気温が人間の生存可能な範囲と言う、非常に希少な星を手に入れたと言うことに他ならない。そこで開拓業務に従事する開拓団の人間の遺伝子を自然条件に合う様に組み替えるのだ。だからクローン製造施設等に興味を持つはずなのに、グラッデンもバルトマンも殆ど素通りに近かった。

 本当に宇宙開拓事業団の職員なのか?

 保安課の監視は監視カメラでの追跡だ。保安要員は制服着用なので、尾行はしない。尾行しているのは内務捜査班のドーマーだ。
 もう1人の客バルトマンがゲストハウスを出たのは10分後だった。こちらも保安課のカメラに捕捉されていたが当人は気づいていない。ロッシーニの部下も尾行しているのだが、目立たないのでバルトマンの視界に入っても注意を払われることはなかった。
 グラッデンは運動施設に向かっていた。バルトマンは遺伝子管理局本部を目指している。ケンウッドは彼女達が進化型1級遺伝子を求めているのではないかと思い始めた。
ローガン・ハイネ・ドーマーに出会いたければ運動施設か食堂に行くと良い。或いは本部の出入り口だ。まさか局長のサインをゲットしたいと言うのではあるまい。だが遺伝子を手に入れるのは不可能だ。ハイネをその気にさせねばならない。
 ケンウッドはハイネの端末に電話を掛けてみた。ハイネは5回目の呼び出し音で通話口に出た。長官からの電話だとわかったはずだが、出るのがちょっと遅い。

「ハイネです。」
「ケンウッドだ。今、本部かね?」
「いいえ・・・食事中です。」

 ケンウッドは時計を見た。午後2時だ。ハイネの食事時間はいつも遅いが、今日はそれより遅い。思わずそう感想を述べると、局長は言い訳した。

「ここ数日の寒波で北米での死者が多かったのです。特に独居高齢者の死亡率が高くて・・・」
「それはご苦労だった。仕事とは言え、辛いな・・・。」
「ご用件は?」
「それが・・・」

 ケンウッドはロッシーニの方を見た。ロッシーニは部下の報告を聴き終えて仕事に戻っていた。

「客がゲストハウスから抜け出して、1人が運動施設へ、もう1人が本部に向かっているそうだ。君に会いに行ったのかも知れない。」
「私の方では用はありません。無視してよろしいですか?」
「うん。無視して欲しい。」
「承知しました。」

 ケンウッドは電話を終えた。ロッシーニが顔を上げてこちらを見ていたので、彼は言った。

「ハイネは客に会うつもりはないそうだ。」

 しかし、ロッシーニはちょっと不安げな表情を見せた。

「しかし、あの方は女好きですから・・・」