2018年1月29日月曜日

脱落者 5 - 3

 出産管理区に預けている2名の女性薬剤師の診察に行くと言うので、ヤマザキとは医療区で別れた。ケンウッドが中央研究所の建物に入ると、ロビーでグレゴリー・ペルラ・ドーマーとエイブラハム・ワッツ・ドーマーに出会った。この2人のドーマーの長老は、現役を引退して体も自由が利かなくなる者が暮らす「黄昏の家」の住人だ。もっともペルラ・ドーマーはまだどこも悪い箇所はなくて、管理人として働いている。ワッツは脚が痛み出して杖が必要だが、それ以外は健康だ。彼等はローガン・ハイネ・ドーマーより10歳若いのだが、普通に歳を取って、年齢相応の容姿だ。真っ白な頭髪に皺が刻まれた顔、しかし目付きは鋭い。長年ドーマー界を引っ張って来た実力者らしい風貌だ。
 体が丈夫なので、彼等は時々「黄昏の家」から這い出して来る。「黄昏の家」に通じる地下道のドーム側の出口が中央研究所の中にあるので、この老人達がロビーをうろついても咎めるコロニー人はいなかった。
 ペルラ・ドーマーは遺伝子管理局の局長付き第1秘書だった。だから「黄昏の家」で使用する備品の調達に来る以外に彼がドームに現れる時は、局長か後輩秘書の仕事の代行だ。ワッツ・ドーマーは遺伝子管理局以外のドーマー全てを束ねるドーム維持班総代表を務めた男だ。彼がドームに現れるのは、後輩が彼の助言を必要としている時だ。しかし、それ以外の目的も、この2人にはあった。
 彼等はローガン・ハイネ・ドーマーの数少ない親友だった。

「こんばんは、長官」

とワッツが声を掛けてきた。ケンウッドは足を止め、振り返ると彼等を見て微笑んだ。

「こんばんは、ワッツ・ドーマー。お散歩かね?」
「ご冗談を・・・」

 ワッツがケンウッドに近づいてきた。ケンウッドはペルラ・ドーマーを見た。ペルラはハイネの負傷を知っている。局長代行をジェレミー・セルシウス・ドーマーに依頼されているのだから当然だ。長官から発表があるまで局長の怪我は伏せられている筈だが、ペルラはワッツに話したのだ。
 ワッツがケンウッドの正面に立った。声を潜めて尋ねた。

「ローガン・ハイネの容体は如何ですか?」
「順調に回復しているよ。」

 ケンウッドはこの件に関して真実を語れることを感謝した。

「喉の火傷のせいでまだ声を出せないのだが、筆談で話は出来る。胸の傷も大人しく寝ていれば塞がるから10日もたたぬ内に退院できそうだ、ヤマザキがそう言っている。」
「大人しく寝ていれば・・・ね・・・・」

 ワッツがクスクス笑った。ハイネが大人しく寝ている人間でないことを知っている。

「どうやって寝かしつけるおつもりですか?」

 ケンウッドもニヤリと笑った。

「大人しく寝ていないとチーズを食べられないぞ、と脅かしたのさ。」

 ハッハッハ、とワッツが笑い、ペルラも苦笑した。

「君等はハイネの見舞いに来たのかい?」
「許可いただければ・・・ガラス越しでも結構ですから、彼の顔を見たいと思いまして。」
「医療区はそろそろ消灯時刻だからなぁ・・・ちょっと待ってよ。」

 ケンウッドは端末を出して医療区の事務所へ掛けた。「黄昏の家」の住人が局長の見舞いに行くので許可してやって欲しい、と頼むと、快く承諾してくれた。
 ワッツが感謝の言葉を口に出した。ドーマー達が医療区に向かって歩き出したところで、ケンウッドはふと思いついて、ワッツの横に並んだ。

「エイブ、ドーマーの薬剤師は維持班の管轄だな?」
「遺伝子管理局と航空班以外は、全て維持班の傘下です。」
「君はセシリア・ドーマーと言う薬剤師を知っているかね?」
「セシリア?」

 女性ドーマーは珍しいので、ワッツは直ぐに思い出した。

「ああ・・・あのブルネットの・・・」
「どんな女性だろう?」
「どんな? さて・・・私は個人的には知りませんが、大人しい娘ですよ。ちょっと陰気
なところもありまして・・・彼女がどうかしましたか?」
「うん・・・例の爆発に巻き込まれて怪我をして入院している。」
「それはいけませんな・・・」