2018年1月25日木曜日

脱落者 3 - 6

 ヤマザキは午後3時に犠牲者3名の遺体を月へ送り、その後保安課が中央研究所の議場で事故現場の爆発当時の監視映像を公開する予定だと言った。ベックマンがノイズや画面の不鮮明な箇所を処理して可視度数を高めた映像だ。見学予定者はヤマザキの他、2名の長官秘書、副長官秘書、薬剤室スタッフ一同、生化学研究者達、保安課員、そして遺伝子管理局内務捜査班だ。

「私もよろしいですか?」

 ドナヒュー軍曹が声を掛けた。ケンウッド長官は許可した。ひょっとすると軍曹は映像のコピーを欲しがるかも知れないと思ったが、敢えてそれはこの場で言及しなかった。
 昼食後、ヤマザキは軽い休憩を取る為にアパートに戻り、ケンウッドは軍曹を連れて長官執務室に向かった。生化学フロアは規制線が張られ立ち入り禁止になっていた。ハン・ジュアン博士の研究室にも入れない。
 長官執務室では、ヴァンサン・ヴェルティエンとジャン=カルロス・ロッシーニ・ドーマーが忙しく働いていた。ケンウッドがゲイトから帰還を告げる連絡を入れておいたので、溜まった仕事を大慌てで片付けているのだ。昨日の爆発騒で業務に遅延が出ているとヴェルティエンが言い訳した。ロッシーニは無言で長官の顔を見た。ケンウッドが途中で医療区に立ち寄ったことは知っていたから、ハイネ局長の容体を目で尋ねた。局長はロッシーニの本当のボスだ。内務捜査班のチーフと言う本業を隠しているロッシーニは、表立ってボスの安否を尋ねない。しかし彼の正体を知っているケンウッドにはわかる態度で質問を寄越してきた。
 ケンウッドはドナヒュー軍曹を秘書達に紹介して、来客用の椅子を勧め、自身は執務机の向こうに座った。そしてガブリエル・ブラコフ副長官とローガン・ハイネ遺伝子管理局長の様子を秘書達に語って聞かせた。ハイネが意識を取り戻したことを知って、ロッシーニが安堵したことが感じられた。ボスが大丈夫だとわかると、ドーマーの秘書は副長官に同情した。

「まだ若いのにお気の毒です。」
「若いから治りは早いでしょう。」

とヴェルティエンは楽観的に言った。勿論彼は決してお気楽にコメントしたのではない。楽観的に振る舞わないと、辛い思いをしている怪我人を励ませないと言う彼流の考えだった。彼は客人の為にお茶の用意を始めた。

「長官、夕方事故当時の監視映像を見に行かれますよね?」
「勿論見る。」
「私は見に行くように保安課長から声を掛けられましたが、長官がご覧になるのでしたら遠慮させてもらってよろしいですか? どうも人が災難に遭う場面を見るのは苦手で・・・」

 そう言えば、この秘書はテレビでも戦争映画や事故のシーンなど、人間が傷つくシーンが入っているものを見るのが苦手なのだ。血を見るのは平気だが、人が苦しむ様子を見ると落ち着かなくなる。芝居とわかっていても駄目だと言っていた。だから誕生の場であるドームでの勤務を希望したのだ、亡くなる場所で働くのは嫌だったから、と彼は言ったことがあった。
 するとロッシーニも、

「長官が戻られたので、我々秘書が映像を見る必要はないと思います。」

と言い出した。

「そこに捜査のプロが来られていますし、内務捜査班と保安課が見るのでしょう? 我々は素人ですから・・・。」

 捜査のプロが平然とそんなことを言うので、ケンウッドは内心可笑しく思いながら、

「では2人で電話番をしていてくれ。医療区から何か連絡があると困るから。」

と言いつけた。