2018年1月28日日曜日

脱落者 4 - 6

 お手洗いの洗面台の前で、ケンウッドは泣いてしまった。一瞬のうちに奪われてしまった3名の命と輝かしい未来に待ったをかけられてしまった愛弟子に涙が出てどうしようもなかった。自分があの場にいても救えなかった。いや、自分が出張しなければ、自分があの場所に居たはずだ。ブラコフはそれでも立ち会っただろうか? 自分はハイネを誘っただろうか? ハイネは2名の女性達を連れて行っただろうか?色々な思考が頭の中でグルグルと回っていた。
 ヤマザキはそばに立ってケンウッドが落ち着くのを辛抱強く待っていた。彼は、ニコラス・ケンウッドが常に冷静な科学者だと言う評判とは裏腹に身近な人々にはとても熱くなれる感受性豊かな男だと知っていた。だから心配だった。ガブリエル・ブラコフの負傷にケンウッドが必要のない責任を感じたりしないかと。

「ケンさん、言っておくけど、ガブリエルは君の身代わりになったんじゃない。それは絶対に間違いない。」
「ああ・・・」
「それから2名の薬剤師はハイネが誘ったからあそこに行ったとも思えない。セシリア・ドーマーは薬品を届けた。そのままそこに残っていた。彼女は最初からあの実験を見るつもりだったのじゃないか? 」
「そう・・・だったのかな・・・」
「エヴァンズもハイネが誘ったから実験を見に行ったのだろうか? そうだとしたら、何故ハイネは彼女を誘ったんだ? 他にも薬剤師はいるし、女性も彼女だけじゃない。」
「そうだね・・・」
「確かなのは、ガブリエルがハイネを誘ったと言うことだけだ。これはジェレミー・セルシウス・ドーマーが証言している。前日の夕食時に、ガブリエルがハイネのテーブルに来て、薬品に詳しいハイネに実験立会いのサポートを頼んだのだそうだ。ガブだって科学者の端くれだから薬品のことぐらい知っている。ジェレミーは、彼がただハイネと一緒に仕事をしたかったのだろうと言っていた。」

 ブラコフは熱烈なローガン・ハイネのファンだ。白い髪のドーマーに会いたくてアメリカ・ドーム勤務を希望して地球にやって来た。初めてハイネと面会した時は、真っ赤になって舞い上がって動けなかったのだ。そんな彼にハイネは優しく接してくれた。曽孫ほども若いブラコフを決して軽んじることなく、ケンウッド博士の一番弟子として敬意を払ってくれていた。ただハイネのそばには大概師匠が一緒に居たので、ブラコフは2人きりで仕事をする機会が少ないと冗談混じりでぼやいていたのだ。ケンウッドの出張は彼にはチャンスだったはずだ。
 ケンウッドは深呼吸して落ち着きを取り戻してきた。冷たい水を顔にかけ、ハンカチで拭いた。

「取り乱して申し訳なかった。」
「僕の前だから許せる。女性とドーマーの前で泣かないでくれよ。」

 ケンウッドはもう一度深呼吸して、ヤマザキを振り返った。

「もう大丈夫だ。小会議室に戻ろう。」